『私』だけを見て欲しい
「母がそんなお願いをしたんですか…?」

呆れた。
いくら何でも呆れ返る。
ほぼ初対面に近い上司に、そんな事を頼むなんて…。

「俺としては、結衣に仕事を辞めて欲しくない。でも…お母さんの体のことを考えると…無理に引き止めたりはできない。それでこの3日間、随分と迷った。引き止めるべきか、見送るべきか。迷いながら、今朝…あのディスプレイを作った…。あれを見て、お前がなんて言うか…そればかり考えて作った…」

ふぅ…と短く息を吐く。
発作が起きた後の体はツラそうで、ホントは話すのもダルいハズなのに、マネージャーは私の為に、この数日間、真剣に考えてくれたことを教えてくれた。

「『美粧』の加賀谷さんは、同じ大学の同期で…学部も一緒だったから…相談した。アイツ、俺の気持ちを知ってて、わざとあんなマネするんだ…いつも…」
「いつも…って、さっきのウインクですか?」
「あれだけじゃない…商談の時も…」

追い込むように注文数を聞いた。
そんなふうにこれまでも、何度かからかわれてきたらしい。

「加賀谷さんはお前を商談に呼んだ時点で、俺の気持ちに気づいてたんだと思う。それを証拠に、今回も飛んできただろう…?」
「はい…」

おかげで、こっちはビックリしたけど。

「『美粧』のショールームは…ここよりもお前の自宅に近い。通勤距離も半分くらいになるんじゃないか?」
「見に行ったこと…あるんですか?」

上を向いてた体が左に傾く。
やっと、少し動けるようになったんだ。
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