『私』だけを見て欲しい
母が顔を覗き込む。
そうだ。退院の手続きに来てたんだった。

「ううん。会計済ませてくるね…」

病室を後にする。
ゆっくりしてから話そう。
…彼が時折、ウチに来ること…


階段を下りて会計窓口に向かった。
その途中で、あの美人と出くわした。

「まぁ!偶然!」

いつもながら華やかな笑顔。
どこで会っても、この人は美しい。

「こ、こんにちは…加賀谷さん…」

こんな所で会うとは偶然すぎる。
検査室の前。
どこか具合でも悪い…?

「あの…」

ちらっと検査室の名札を見た。
胃カメラ。
平気なの…?

「ああ…今日はね、会社の定期検診で行くように言われたの。面倒くさいでしょ⁉︎ 」

デキる女は違う。
私の考えてること、察したみたい。

「そ、そうなんですか。それで…」

なんかひと安心。
この所、周りで色々あったから、神経過敏になってる。

「…佐久田さんはどうしてここへ?」

会計に向かいながら理由を説明。
加賀谷さんは話を聞いて、「ご心配ね…」と囁いた。

「親が倒れると女性は困るわよね。家事だけじゃなく、子供がいると育児も関係してくるから」

…全くその通り。
おかげで仕事も変わらないといけない。
この先も何かある度に、きっと同じことに直面してく。

「…でもね、働くことを止めては駄目よ」

美人の声に振り向く。
華やかな微笑み。
バラのような笑顔だ。
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