『私』だけを見て欲しい
彼の言ってる意味が分からなくて戸惑った。
あの人は私のことを見つめて、こう言い直した。

『結衣ちゃんのことが好きにってしまったから…アイツに何言っても弁解になる…』

困ったような恥ずかしそうな顔をして見せた。
そんな顔を見るのは初めてで、その瞳の中に映る自分が、とても健気で可愛く思えた…。

『結衣ちゃんと付き合いたい…彼女になってよ…』

自信の無さそうな表情をされた。
バイト先ではいつも、自信に溢れてるように見えたのに…。

『私なんかで…いいんですか?…』

別れた彼女のようにキレイでもオシャレでもなかった。
ただ、彼のことが好きなだけ。
そんな私のことを、あの人はちゃんと認めてくれた…。

『結衣ちゃんがいいよ。そのままの君が好きなんだ…』

もらった言葉と同時に、ココロまでもらった。
その言葉と気持ちを信じて、別れるまで彼を愛した
ーーーーー


『泰良(たいら)』

安らかで何事もない人生を送ってほしい…。
そんな気持ちでつけた名前だったのに。

(ゴメンね…片親にしてしまって…)

我慢できなかった幼い自分。
自制できなかった情けない父親。
泰良には謝っても謝りきれない。
この子が無くしたものは、私がこれから先も、与えられないものだ…。


さっき別れた若い男性を思いながらドアを閉めた。
自分の立場を言い聞かせるようなドアの音に、ぎゅ…っと胸の詰まる思いがした……。
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