『私』だけを見て欲しい
主婦として母としての週末を終えた月曜日、いつものように出社した。
これまでと変わらない日常。
倉庫のようなフロアの電気をつけ、換気扇を回す。
スポットライトを浴びて映し出されるディスプレイ。
その前に1人、佇んだ。

初めてこのディスプレイを任された時、梅雨入り前だった。
訪れる雨の季節に合わせて、傘やカエルのグッズで統一したものを作った。
あの頃は何もかも手探りだった。
知らないことも多くて、不安ばかりだったーーー。


『おはよう!ハニー!』

元気のいい声が聞こえてきそうで頭を振った。
土曜日も日曜日も同じ衝動に駆られた。

(ダメダメ…今日からはただの同僚…)

ウソはおしまい。金曜日だけの約束…。

黙々と商品を陳列する。
金曜日に入ってきた『美粧』さんとこのガーデニング用品を、一番目立つ所に陳列して…と言われたから、売り場の配置替えをしてた。


「頑張ってるな」

男性の声に反射的に振り向いた。
年下の彼を連想したけど、立っていたのは山崎マネージャーだった。

「おはようございます。今朝も早いですね」

始業は9時半。まだ30分も前。

「今日は大事な商談があるから、その準備で早めに来たんだ」
「そうなんですか。バイヤーさんも大変ですね…」

夏本番を迎える前の商談。
季節限定商品をいかに安く、多く取り引きできるかは、バイヤーの力量にかかってる。
私がこの10年間を見る限り、その価格や入荷数は大きく変わってるようには思えないけど…。
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