『私』だけを見て欲しい
日曜日なのに、元夫はいなかった。
私には『出張』とウソついて、同僚の彼女と旅行に行ってた。

泰の首に薬を塗って、少しハダカでいさせた。
まだ4ヶ月くらいで、やっと首が座りはじめた頃だった。

ケータイの鳴る音に驚いて泣き出した。
今思えば、『虫の知らせ』みたいなものが、泰に働いたのかもしれない。

電話の相手は母で、父の事故死を知らせるものだった。

横断歩道の信号待ちをしてる所に、トラックが突っ込んできて、あっという間に跳ね飛ばされた。
6〜7メートル先の道路端に倒れ込んだ父の手には、泰に贈る為のオモチャが…握りしめられていたーーー。



母の泣き声は、今でも耳に残ってる。

『帰ってきて…!直ぐに…!』

悲痛な叫びに、すぐにはムリよ…と答えた。
元夫がいなくて、車がなかったから…。

連絡はすぐに取った。
でも、いくら電話しても留守だった。
やっと連絡がついた頃は夕方。
私はタクシーで、実家に戻った後だった。

遅れて駆けつけてきた元夫の体から、ほのかな香水の香りがしてた。
でも、幼い泰と落ち込んでる母のことだけで精一杯で、その時はすぐに忘れた。


葬儀の終わった後、遺品の整理をする為に、しばらく実家で暮らした。
それをいい事に、元夫は浮気を繰り返してた。

何も知らずにいたある日、黙って家に戻った。
平日だったし、あの人は仕事へ行ってるもんだばかり思ってた。

鍵を開けて中に入り、泰を寝かしつけようとして、寝室のドアを開けた。
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