『私』だけを見て欲しい
午前8時半。
CT検査室の前にいた。
検査の前に会った母は、いつものような明るさで手を握り返してきた。

「…お母さん…ごめんね…」

素直に謝った。
遅くなることを言わずに心配させた。
母はうっすら笑みを浮かべて、「また後で…」と手を振った。

左手の小指が伸びきってなかった。
軽症のマヒがあると言われた通り。
母自身、そこまでハッキリとは気づいてるふうでもなかった。

泰は病院について来なかった。
行きたくないと言って、ベッドから出てこなかった。
「頭が痛い」と言ってた。
だから、1人で検査に立ち合った。


会社は、土曜日で休み。
月曜日の出勤も、検査の結果次第では危うくなる。
病気の状態によっては、仕事自体も変えなければならない。

…これまでずっと助けてもらった。その恩返しをしないといけなくなる……


ケータイの画面と向き合いながら、あの人に報告した方がいいのかな…と考えた。

上司として、心配してると思う。
電話がかかってきた時に、すぐ側にいたのもあった…。


(連絡…しようか…)

そうは思っても気が進まない。
電話番号は知ってても、話したことは一度もない…。
気弱になってるのが分かる。
それを見せたくなければ、聞かせたくもない。

(……やめよ…やっぱり月曜日でいいや…)

バッグにしまい込もうとした。
…その瞬間、電話が震えだす。

泰かも…と思って画面を見た。
でも、泰じゃなかった……
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