バゲット慕情
一
「バゲットを焼いていただけませんか?」
華【はな】は言った。
大学卒業のはなむけに何かおごろうか。
今までしたこともない提案を切り出した美智子【みちこ】に、華は静かに、バゲットと言ったのだ。
「どうしてバゲットなの?」
「好きなんです」
ただ一言。
この子は、いつもそうだ。
少ない口数で、主張の核心だけを形にする。
二十二の小娘のくせに、はしゃいだところも浮ついたところもない。
華の独特に渇いた空気を、美智子は気に入っている。
しかし、二月いっぱいでこの店を辞めたいと華に告げられると、美智子は急に、どうでもいいおしゃべりを華と交わしてみたくなった。
どんな話題をどんなふうに振れば、華は口を割るだろうか。
美智子が考えを巡らせる隙に、手早い華は帰り支度を終えてしまう。
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