バゲット慕情
「部屋は、二月二十八日に引き払います。
わたし自身は、三月一日の午前中に、ひとまず実家に帰ります」
「じゃあ、バゲットを焼くのは二十八日の午後かしら。
一日の朝に取りにいらっしゃい。
二十八日の夜は、どこに泊まるの?」
美智子が尋ねると、華は、少しきまりが悪そうに笑った。
「サークルの友達とカラオケに行って、朝まで歌います」
若いわね、と美智子も苦笑した。
華は大学の音楽サークルに入っていた。
十一月の学園祭で引退した、と聞いた気がする。
ギターが得意らしい。
エレキギターを操ってロックを演奏し、歌うこともある。
そう告げられた日には、美智子は唖然とした。
それから、ようよう思い出した。
アルバイトで見せる物静かな勤勉さは、華という人間の一面でしかないのだ、と。