バゲット慕情
五十を超えたころから、体の肉の質が完全に変わったように思う。
全体にふにゃりと柔らかくなり、乳房も尻もだらしなく流れるようになった。
今はまだ、補正効果の高い下着によって体型を維持していられる。
それすらできなくなる日も、いつかは来るのだろうか。
美智子はドレッサーの椅子に掛け、二十分かけて、化粧水と乳液と美容クリームを肌になじませた。
首から鎖骨、胸元まで、丁寧に手入れをする。
体型と服装、肌と化粧には、気の済むまでこだわっている美智子である。
パン屋の女主人が貧相な体型でしみったれた服を着て、荒れた肌をさらしていたら、誰がそんな店のパンなど買うだろうか。
午後八時半を過ぎると、美智子は電気を消し、ベッドに入る。
夜更かしは大敵だ。朝は四時半に起きなければ、五時半に工房へ出勤する園田に合わせられない。
美智子の部屋にテレビはない。
本や雑誌も、一冊もない。
低俗な娯楽に目を向けるような暇人ではないし、世間の出来事を知るには、レインレインで購読している新聞と割烹で漏れ聞こえる他の客のおしゃべりだけで十分だ。