バゲット慕情
間もなく午後一時半になろうとしている。
店内は静かだ。
客は一人。
顔なじみの大学院生が、昼前から、喫茶スペースでコーヒー一杯を相方に読書をしている。
販売スペースの客足は、からきしだった。
売れ残りが出るだろう。
二月も半ばを過ぎると、国立大学のすべての学部で期末試験が終わり、客である学生たちの多くは郷里へ帰省してしまう。
毎年、春休みと夏休みには、美智子のため息の数が増える。
まあ、いい。
この暇な時間を利用して、午後番の新人にコーヒーの淹れ方を教えよう。
美智子はレジ台の椅子を立った。
新人の吉川は、髪などいじりながら佇んでいる。
美智子はまた、ため息をついた。
吉川が華のように育つには、だいぶ時間がかかるだろう。
いちばんの戦力である華がここを辞めるのは惜しいが、進学と引っ越しを控えた彼女には祝いの言葉を贈るしかない。
やっぱり、この季節はいやだわ。
美智子は吉川を呼びつけて、まず小言を二つ三つぶつけ、手を洗わせた。
カウンターの内側に回り、コーヒーを淹れるためのお湯の沸かし方から説明を始めた。