バゲット慕情
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美智子の父が創業したときには、中谷製パン所という名だった。
美智子が離婚して父の元に戻り、店舗を増改築して喫茶を始めたのを契機に、製パン所などという古めかしい名も変えることにした。
そのときたまたまラジオからビートルズの「ペニー小路【ペニーレイン】」が流れていたのと、梅雨のさなかで雨が降っていたために、パン屋の名は「雨小路【レインレイン】」と決まった。
父が卒中で倒れ、三日後に呆気なく死んでから、もう十六年になる。
父に死なれたとき、美智子は独り身の四十歳だった。
父の妻だったという老女が焼香に訪れたが、美智子は塩をまいて追い払った。
父の死後、美智子は若い製パン職人を雇った。
朝が極端に早く、力仕事の多い製パン職人の業務は、店の経営もこなさなければならない中年女の美智子にとって荷が重すぎた。