押してダメでも押しますけど?
1 うちの社長
「立川さん、俺の今日の予定は?」


朝一番、社長に問われ、手帳を確認しながら答える。


「昼食を土井工業の土井社長とご一緒する予定が入ってい「ご飯食べながら気を使うのは嫌だ。」」



私が言い終わる前に文句を言い始める。


「・・・そんなことおっしゃらないでください。土井工業はうちのお得意様ですよ?

 これも仕事の一環です。」


宥めるように諭すと、社長は口を尖らせた。


「どうせ娘がついてくるんだろ?

 そんなん仕事のうちに入らない。」



「接待だと思って下さい。」



「そんなの時代錯誤だ!!」



「・・・・・・」



いやいや、まだまだそういうのも必要な時代ですよ?



という台詞は胸にとどめた。




土井工業は大企業とまではいかないが歴史も実績もある。ここ数年、顧客管理システムをうちに一任してくれているうちのお得意様だ。

土井社長の娘のユリさんはうちの社長にべた惚れで仕事の打ち合わせにすら付いて来る。今日の昼食に付いて来ない訳が無い。


アプローチがしつこく、社長が嫌がるのも無理も無いが、だからといって無下に扱う事は出来ない。『嫌だ』と言われて、『はいそうですか』と引き下がる訳にはいかない。



仕方ない、アレを出すか・・・



私は、ため息を付きながら、自分のデスクまで行き、隠してあった紙袋を取り出した。


「それは・・・」


その紙袋を見た瞬間、社長が声をあげた。


私の手にしているのは、『一風堂』の紙袋。


うちの近所にある和菓子屋さんで、ここのカステラが社長のお気に入りだ。


そして、私が手にしている紙袋の中身はもちろんカステラ。


そして、駄目の一押し。


「期間限定の抹茶味もあります。今、お召し上がりになりますか?」


社長がわざとらしいほど大きなため息をついた。


「抹茶味は、後の楽しみでとっておく。普通のやつを飲み物はコーヒーで。」



「かしこまりました。」



私の勝利だ。



< 1 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop