押してダメでも押しますけど?
さっそく副社長から次の打ち合わせに必要な資料の作成を頼まれ、デスクに戻る。


「立川さん」


パソコンの電源を入れようとしたところで後ろから呼ばれた。


振り返ると、社長と太田川さんだった。


「悪いけど、給湯室の使い方を太田川さんに教えてあげてくれる?

 ついでに引き継ぐこともあったら説明しといて欲しい。」



「わかりました。」


「じゃあ、頼むね。」


そう言って社長は自分のデスクに戻って行った。



「太田川麗奈です。よろしく。」


「立川あかりです。宜しくお願いします。」


挨拶をすませて、給湯室に向かった。



「マグカップはみんなの分がここにあります。

 社長のはこの黒いのです。黒いのは社長のマグカップだけですから。

 ポットのお湯がなくなった場合は必ず補充しといてください。

 基本的に飲み物は各自で入れることになってますが、社長の分は・・・」


「もちろん、私が入れます。」


「・・・よろしくお願いします。あ、あと社長のコーヒーは・・・」



「社長のコーヒーは私が取り寄せた最高級のものを用意しておりますから、ご心配には及びません。」


「・・・・」


社長は、その最高級のコーヒーの味も風味も分からなくなるほど牛乳と砂糖を入れたやつが好きです。


そう言いかけたけど、止めた。


「私の前の秘書ってあなたなのね?」


「そうですけど?」


いきなり尋ねられて、太田川さんを見ると何だか不適な笑みを浮かべていた。


「悪いわね、仕事を取ってしまったみたいで・・・」


ちっとも悪く思ってなさそうな顔で言われる。


「いえ、大丈夫です。他にも仕事はありますから。」


「二度とあなたが、社長秘書に戻る事は無いと思うわ。」


そう言って、太田川さんは挑戦的な視線を向けて来た。


「・・・業務に支障がないのなら、何の問題もありません。」


「そうそれならいいけど。」


そこで会話は終了した。



それから、業務の引き継ぎをした。


その時感じたけど、性格は別として、多分、太田川さんは優秀だ。



本当にこのまま秘書になってしまうかも知れない。



そのうち社長は、太田川さんが買って来たお菓子を『美味しい』と言って彼女に微笑みかけるのだろうか。


太田川さんはいつか、社長の好きなコーヒーの味に気づくのだろうか。


社長はタクシーの移動中、太田川さんの横でも眠るようになるのだろうか。



今まで自分が居た所に、これからいるのは太田川さんかも知れないと思うと、何だか胸が痛かった。
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