押してダメでも押しますけど?
目を覚ますとソファーの上の上だった。


窓から見える外はまだ薄暗かった。


辺りに社長の姿はなく、体にはブランケットが掛けられていた。



ソファーから立ち上がって、応接室を出る。


社長は自分のデスクでパソコンに向っていた。



「社長・・・」


「あぁ、目が覚めた?」



「すいません、私、眠ってしまって・・・」


「謝る必要は無いよ。仕事中でもなければ、俺の我が侭で来てもらったんだからね。」



「あっ、チョコレート!」


社長にチョコレートを渡す為に来たのを思い出し、応接室に取りに行った。



「どうぞ。」

戻って来て、社長に差し出すと、社長はちょっと困った様に笑った。



「それ、ホントに俺が食べていいの?立川さんが自分で食べる様に買ったんじゃない?」


「いえ、違います。昨日、奈々と・・・エトワールのショコラティエの子と飲んでてもらったんです。」



「じゃあ、尚更ダメじゃないか。奈々さんは立川さんにくれたんだろ?」


「でも・・・・」


じゃあ、何の為にここに来たのか分からない。



化粧が崩れた寝顔を社長に晒しただけだ。



「俺の分は、また立川さんが買って来てよ。」



戸惑う私をよそに社長はそんなことを言う。


「・・・はい。」



渋々返事をすると、社長は満面の笑みになった。



「あ、一個だけお願いしても良い?」


「何ですか?」



「立川さんの入れたコーヒーが飲みたいんだけど・・・」


「そんなことですか?もちろん良いですよ。」


給湯室に行って、いつものコーヒーを入れる。




「どうぞ。」


社長のデスクに置くと、社長は嬉しそうにマグカップを持ち上げて飲んだ。


「おいしい」


そう言って嬉しそうに微笑んだ。


「これってさ、どうやって入れるの?」


「え?あぁこれは・・・」



「いや、やっぱりいいや。」


「え?」


答えようとしたのに遮られて、驚く私。



「飲みたくなったら立川さんに入れてもらうから。」



そう言って笑う社長を見て、私は固まってしまった。


それから、あっと言う間にコーヒーを飲み干した社長。


「電車も動き出したし、そろそろ帰ろっか。」


「はい。」



それから、マグカッブを片付けて社長と一緒に会社を出た。


「じゃあ、また月曜日。」


「はい。また月曜日に。」




結局、チョコは渡せなかったな・・・


朝日に照らされる社長の後ろ姿を見ながら、そう思った。
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