押してダメでも押しますけど?
みんなのニヤニヤしながらこっちを見る視線が鬱陶しい。


同情するような視線はさらに鬱陶しい。


でも、もっと鬱陶しいのは、私からは見えない、私の真後ろからの子犬のような視線だろう。



だから、私は絶対に振り向かない。



就業時間まで後10分。後10分耐えればこの視線からは解放されるのだから。



太田川さんが去って2日が経った。



険悪なムードは一気になくなり、元の雰囲気に戻ったと思う。まぁ概ねは。



ただ、一つ、私の後ろのにいる人物だけは例外だ。



黙々と仕事の準備を始める私をみんなは面白がっている。




一昨日の『貧相』発言で怒った私は、それから業務上必要な事意外で社長を無視しつづけた。


コーヒーだって入れないし、おやつだって買ってきていない。



私を怒らしたことを悟った社長は、昨日の就業前、私のデスクの後ろに椅子を持って来て座ったのだ。



飼い主に『待て』を言い渡された犬の様に社長は、私の後ろに座ってただじっとこちらを見ている。



はっきり言って、嫌がらせ以外の何物でもないこの行動は、私の良心をキリキリと責める。


昨日はまだ怒りが収まってなかった為、無視をしつづけ、社長は副社長に『仕事しろ』と言われるまで私の後ろに居座り続けた。



「立川さん・・・まだ怒ってる?」


「・・・・」



『流石にそろそろ許してあげたら?』みんなの視線がそう言っているように感じる。


私だって、もう怒りは収まっている。


出来る事なら、あっさりと和解したいのだが、こう言う態度を取られると、逆に言いづらいのだ。



それでも、いつまでもこのままで良いはずは無い。



ため息をついて後ろを振り返れば、案の定そこには子犬のような瞳でこちらを見つめる社長の姿があった。







< 30 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop