押してダメでも押しますけど?
そのまま会議もスムーズに進んで取引先から帰る時、社長が振り返って手を差し出して来た。


「?」


何がしたいのかわからず首を傾げるも、社長は笑顔のまま動かない。



「・・・・・」


もしかして、手を握れと?



行きは社長に手を掴まれた。今度は自分から握れと?


何で??


意味がわからずただ社長を見つめていると、笑顔だった社長の顔がどんどん悲しげになっていく。


終いには、しょぼんとした顔になって、こちらを見つめて来る。




大人の色気を醸し出す社長の落ち込んだ表情に母性をくすぐられるのか、私はこの表情に弱い。



この人、私がこの顔に弱いの気づいてるんじゃ・・・・


どれくらい見つめあっただろう、結局負けたのは私だった。



ため息をついて差し出された手を握る。


すると社長は不服そうに言った。


「そのため息、いらないんじゃない?」


「文句があるなら、手、放して下さい。」


「ダメ。」


私の抗議を却下すると社長は、スタスタと歩き始めた。


引かれて私も進む。



明らかなコンパスの差があるのに、歩くのがつらくないのは、私に合わせてくれているのだろう。


さりげない気遣いが、どんどん手を振り払いたい気持ちを追い出して行く。



行きと同様、タクシーに乗ると社長は目を閉じた。



タクシーを降りても手は放されることはなかった。


うちの社があるビルに入っても繋いだままの手。


いったいいつまで繋いでおくつもりなのだろう。


手に意識が集中してしまって、恥ずかしくて仕方が無い。


最後に誰かと手をつないだのっていつだ?



そんなことを考えていると、今まで黙っていた社長が口を開いた。




「あ、立川さん、今晩時間ある?」



うちのフロアへ向かうエレベーターの中で尋ねられる。





「はい。大丈夫ですが?」


「じゃあ、開けといて、ちょっと話があるんだ。」



「分かりました。」


「よろしくね」


社長はそう言って私の手を放してエレベーターを降りた。



私もその後を追う。


突然放された手が冷たく感じた。



< 34 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop