押してダメでも押しますけど?
次の仕事の目処も付かないまま勢いで仕事を辞めてしまった私だったが、2週間もしないうちに『秘書を出来る人を探している』という話が来た。



話を持って来てくれたのは、大学時代に同じサークルだった先輩で、『同窓会で会った同級生がそんな事言ってたよ』レベルのものだった。



一応、詳しい話が聞きたいとお願いしたところ、会社見学においでと言われ、なぜかそのまま面接までされて、あれよあれよと仕事が決まったのだ。


初出勤の日。


今考えれば、あの日は人生最大の汚点だと言っても過言ではない。



緊張して出勤した私を、にこやかな笑顔で迎えたのは他ならぬ社長だった。



面接は副社長だったので、社長とはこの日が初対面だった。


「初めまして、社長の水嶋元です。」


出来る事なら、過去に戻って、にこやかに手を差し出した社長に見とれて動けずに突っ立っていた自分の頭を、後ろから鈍器で殴りたい。


でも、その時の社長は、私が見とれるの無理は無いほど完璧だった。


180cmほどの長身に、黒いさらさらの髪の毛。切れ長の瞳に、筋の通った鼻。目元の泣きボクロと柔らかくて甘い声があり得ないほどの色気を醸し出していた。


やっとのことで、社長の手を握り返し、わたしの2度目の秘書業務は開始した。


いざ、仕事を始めても彼の印象は増々良くなるばかりだった。


経営者としても、プログラマーとしても一流の彼は部下への配慮も完璧で、絵に描いたような紳士だった。



当時の私は、社長に対し、恋愛感情は持っていなかったものの、憧れはあったと思う。



ましてや、前の上司は最悪だった分、社長は理想の上司に思えた。


その理想が崩れさったのは、それから2ヶ月後の事だった。

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