押してダメでも押しますけど?
いつもの様に、その日の予定を伝えた私に社長はこう言ったのだ。


「ねぇ、その会議って俺、行く必要あるの?」


「へ?」


今思い出しても、間抜けな声だったと思う。


唖然とする私に、社長は重ねて言ったのだ。


「俺、会議って嫌いなんだね。

 誠司じゃだめなの?」



後ろから、クスクスと笑い声が聞こえて来た。


目の前には、昨日までの紳士な雰囲気が微塵も感じられない社長。


私は、まだ正常に働かない頭で悟ったのだ。


今まで理想だと信じていた上司は幻だったのだと。


だが、私だってプロだ。


だてに、あの専務の下で秘書をやってた訳ではない。


上手く働かない頭を強制的に動かして、自分のデスクに向かう。


そこには、私が甘い物が大好きで、私の差し入れを美味しいと喜んでくれる『理想の』上司の為に買い求めた品があった。



その箱を持ち社長に見せる。


「それは?」


一瞬、社長の眉毛が動いたのを見逃さなかった。


「社長の大好きなエトワールのチョコです。しかも、昨日発売したばかりの夏季限定商品です。」


「・・・・」



「お召し上がりになりますか?」



「・・・・食べる」


その言葉を聞いて、わたしはにっこりと微笑んだ。



「会議はどうされますか?」



その途端、社長の顔が引きつるのが分かった。



周りの社員達は面白いものを見るような目でこっちを見て来る。



社長はこちらを睨んでいる。



しばしの沈黙の後、微かに聞き取れるくらいの声で社長が呟いた。



「・・・・出席する」



それを聞いて、私は頷く。



「チョコはいつお召し上がりになりますか?」



「いま。」



「かしこまりました。」



多分、この時から正式に私は社長の秘書となったのだと思う。



そして、それは社長の我が侭と私の戦いの日々の始まりでもある。
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