押してダメでも押しますけど?
「遅くなって申し訳ありません。」


うちの社長が頭を下げる。


「いや、私も今着いたところだから気せんでください。」


ガハハと笑う土井社長は、少し大雑把なところはあるが、気さくで仕事相手としてはかなりやりやすい相手だと思う。


娘の事を除けば。


「水嶋さん、お久しぶりです。」


ぺこりと頭を下げるユリさんは、大柄な父親と比べれば小さく思えるが女性にしてはがっしりしているだろう。


そして何より顔がそっくりだ。


前に社長が、この親子をマトリョーシカみたいだと言って以来、この二人を同時に直視することができない。


当の本人は涼しい顔だけれど。



「お久しぶりです。今日はお招きいただき光栄です。」



よそ行きの仮面をかぶってにっこりと笑う社長は本当に完璧だ。



そんな社長を横目で盗み見て、小さくため息をつくと、ちょっと困った顔をしている土井社長と目が合った。


「あー、今日の昼食のことなんですがな・・・

 秘書さんはお忙しいと聞いてたもんで・・・」


気まずそうに言う土井社長の横で、ユリさんが勝ち誇ったような視線を向けて来る。



あぁ、なるほど。


お呼びでないと悟った私は、慌てて弁解した。



「私は、社長を送り届けたまでですから。この後、社用もありまして。

 説明不足で、お気を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。」



それを聞いた土井社長はあからさまにホッとした顔をした。



「あぁ、そうでしたか。いや、ここの料理は本当に上手いですからな。次の機会はぜひ一緒に。」


「ありがとうございます。」



じゃあ、店に入ろうかという雰囲気になり、ある事を思いついた私は、社長に声をかける。


「社長。」


「どうした。」



振り返った社長の顔に笑みは無い。


「この後14時から副社長との会議が入っております。

 申し訳ありませんが、それまでにお戻りください。」



「わかった。」



「まぁ、横川さんとの会議ですか?

 お二人ともお忙しいんですね〜」



横から口を挟んでくるミーハー娘は、うちの副社長のこともお気に入りだ。



「申し訳ありませんが、宜しくお願いします。」



実は、そんな予定は入っていない。


だが、社長の仕事が詰まっているのは事実で、土井社長には失礼だとは思うが、これくらいの嘘は許して欲しい。



私は念を押してから立ち去った。
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