押してダメでも押しますけど?
「太田川さんが辞めるちょっと前に、あかりに夜中に会社まで来てもらった事あったろ?」


「あぁ、そういえばありましたね。」



奈々と飲んだ後に社長から電話がかかって来た日のことだろう。




「あの時さ、実は太田川さん、うちにいたんだ。」



「え?社長のマンションにですか?」



「うん。いきなり酔っぱらって訪ねて来て、泊めてくれって言われて泊めたんだ。」



「なんか、凄いですね。」



「だろ?普通、そんなことしないだろ?」




あれ、太田川さんを泊めたのに、社長が会社にいたってことは・・・



「え?じゃあ社長は、自分のマンションに太田川さんだけ置いて出て来たってことですか?」


「うん。だって嫌だったんだもん。」



「・・・・・嫌だったんだもんって。」



ちょっと可愛く言ってもダメだと思う。



「『起きたら鍵掛けて、ポストに入れといて下さい』ってメモとスペアキーを置いて家を出たのにさ、あの人、帰ったらまだ寝てたんだよ?ありえないだろ?

 あの人、爆睡してたみたいで、俺が会社に行ってた事も気づいてなくて。


 あえて説明しなかったら、あんなこと言われた。


 酔っぱらって、押し掛けて来といて、『受け入れてくれた』って意味不明じゃない?」



「何と言うか、すごい話ですね。」



私の相づちに社長も頷く。



「だろ?酔っぱらって男の家に行けば、襲われるとでも思ったのかしらないけど、とにかく俺には理解できない。」



「いや、流石にそんなことは考えてなかったと思いますけど・・・
 
 まぁ、普通は理解できないと思いますよ。」



「だからさ」と社長がわたしの方を向く。



「あかりが心配するようなことは何にもなかったんだよ。」



とさわやかな笑顔で言い放って来た。



「・・・何言ってんですか。それより前向いて下さい。」



「照れなくてもいいのに。」



「照れてませんから!」




多分、社長は激しく誤解している。




やっぱり聞くんじゃなかった。


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