あのころ、
第一話 再会
「廉!」
ちょこんと座る犬の銅像の前で、大きく手を振る青年がいた。さらりと長めの前髪をかきあげ、眩しそうに切れ長の目を細める。その笑顔は、さわやか、て言葉がよく似合う。
全体的にほっそりとした印象なのに、袖からのぞく腕やタイトジーンズのラインはがっちりとしてたくましい。筋トレはちゃんと続けてるみたいだな。
「久しぶり」そいつは俺に駆け寄るなり、人懐っこく微笑んだ。「三年半……くらいかな」
いつのまにピアスなんてつけ始めたんだか。昔からどこかふわふわしてるところがあったが、東京の大学に通い始めてとうとうチャラ男にでもなったんじゃないだろうな。
「いやぁ、積もる話が山ほどあるよ。大学入ってから、電話もろくにしてなかったもんね。福岡はどう? 楽しい? 親父は元気?」
太陽以上に、こいつの笑顔のほうがまぶしい。そう思えた。
中学、高校とこいつが女子の注目の的になっていたのも納得だ。事実、今も周りの(おそらく彼氏でも待っているだろう)女たちの視線が集まってる。
って、変なこと言ってるよな、俺。いや、気持ち悪いっての。──自分の顔をベタ褒めしてるよーなもんじゃねぇか。
俺は気まずくなって帽子をさらに深くかぶりなおした。
「まずは、どこか落ち着いたところ行こうぜ、仁」
すると、仁はにんまりと怪しい笑みを浮かべて俺を覗きこんできた。
「冷たいなぁ。三年半ぶりの再会なんだよ? 久々に『お兄ちゃん』て呼んでよ、廉ちゃん」
「呼んだことねぇだろ。双子に兄貴もクソもあるかよ。数分の違いだろうが」
「このやり取りも久々だよね」
「……」
本当に嬉しそうにつぶやくもんだから、言い返す言葉も出なかった。呆けていると、急に仁は俺の手からスポーツバッグを奪い取った。
「さ、どっかで昼でも食おうよ」
二泊分の衣服その他もろもろが詰まったバッグ。『その他もろもろ』にはパソコンとか、文庫本とかも含まれるわけで、結構重かったはずなんだが……さすが、中学からサッカー野郎だっただけはある。仁は軽々と持ち上げ、さっさと歩き出した。
「おい、返せよ」
仁と違って、体育会系ではないにしろ、俺もそこまでひ弱じゃねぇ。
奪い返そうと手を伸ばしたが、仁はひょいっと身を翻してよけた。まるで俺の行動を読んでいたような動きで──それが、妙に懐かしかったりした。
「廉ちゃんは福岡からの長旅で疲れてるでしょう?」
分かったような言い方。決め付けるような、まるで兄貴みたいな言い方。
「こんくらい、お兄ちゃんに甘えてよね」
照れる様子すら見せず、にっと笑って、仁は鼻歌混じりに歩き出した。
俺はその背中を見つめてぼうっと立ち尽くす。
そう。たった数分の違いのはずなのに、仁は間違いなく『兄貴』だった。小せぇころから、どんなに競おうと思っても俺には勝ち目がなくて……だから、いつからか、仁とは正反対の道を選ぶようになっていた。
俺がガリ勉になったのも、仁がスポーツに夢中になったからだ。
俺が地味になったのも、仁が目立ちたがりだったからだ。
双子だからこそ……いつも比べられるからこそ、俺は仁と自分を必死に区別しようとしていた。タダでさえ、何もかも一緒なんだ。これ以上、共有してどうする。そう思って、仁とは違う自分になろうと必死だった。仁とは別の道を探し続けてきた。
ってのに、哀しき双子の性なのか。一度だけ、どうしても仁と同じ道に迷い込んでしまったことがあった。勝ち目なんて無いって分かってんのに。馬鹿だった。でも、抗っても抗っても、そこから抜け出すことができなくて……三年半前、両親が離婚すると言い出したとき、俺は親父を選んで福岡へ引っ越すことを決めたんだ。
母さんを選んだ仁と、『彼女』をこの東京に置いて。
ちょこんと座る犬の銅像の前で、大きく手を振る青年がいた。さらりと長めの前髪をかきあげ、眩しそうに切れ長の目を細める。その笑顔は、さわやか、て言葉がよく似合う。
全体的にほっそりとした印象なのに、袖からのぞく腕やタイトジーンズのラインはがっちりとしてたくましい。筋トレはちゃんと続けてるみたいだな。
「久しぶり」そいつは俺に駆け寄るなり、人懐っこく微笑んだ。「三年半……くらいかな」
いつのまにピアスなんてつけ始めたんだか。昔からどこかふわふわしてるところがあったが、東京の大学に通い始めてとうとうチャラ男にでもなったんじゃないだろうな。
「いやぁ、積もる話が山ほどあるよ。大学入ってから、電話もろくにしてなかったもんね。福岡はどう? 楽しい? 親父は元気?」
太陽以上に、こいつの笑顔のほうがまぶしい。そう思えた。
中学、高校とこいつが女子の注目の的になっていたのも納得だ。事実、今も周りの(おそらく彼氏でも待っているだろう)女たちの視線が集まってる。
って、変なこと言ってるよな、俺。いや、気持ち悪いっての。──自分の顔をベタ褒めしてるよーなもんじゃねぇか。
俺は気まずくなって帽子をさらに深くかぶりなおした。
「まずは、どこか落ち着いたところ行こうぜ、仁」
すると、仁はにんまりと怪しい笑みを浮かべて俺を覗きこんできた。
「冷たいなぁ。三年半ぶりの再会なんだよ? 久々に『お兄ちゃん』て呼んでよ、廉ちゃん」
「呼んだことねぇだろ。双子に兄貴もクソもあるかよ。数分の違いだろうが」
「このやり取りも久々だよね」
「……」
本当に嬉しそうにつぶやくもんだから、言い返す言葉も出なかった。呆けていると、急に仁は俺の手からスポーツバッグを奪い取った。
「さ、どっかで昼でも食おうよ」
二泊分の衣服その他もろもろが詰まったバッグ。『その他もろもろ』にはパソコンとか、文庫本とかも含まれるわけで、結構重かったはずなんだが……さすが、中学からサッカー野郎だっただけはある。仁は軽々と持ち上げ、さっさと歩き出した。
「おい、返せよ」
仁と違って、体育会系ではないにしろ、俺もそこまでひ弱じゃねぇ。
奪い返そうと手を伸ばしたが、仁はひょいっと身を翻してよけた。まるで俺の行動を読んでいたような動きで──それが、妙に懐かしかったりした。
「廉ちゃんは福岡からの長旅で疲れてるでしょう?」
分かったような言い方。決め付けるような、まるで兄貴みたいな言い方。
「こんくらい、お兄ちゃんに甘えてよね」
照れる様子すら見せず、にっと笑って、仁は鼻歌混じりに歩き出した。
俺はその背中を見つめてぼうっと立ち尽くす。
そう。たった数分の違いのはずなのに、仁は間違いなく『兄貴』だった。小せぇころから、どんなに競おうと思っても俺には勝ち目がなくて……だから、いつからか、仁とは正反対の道を選ぶようになっていた。
俺がガリ勉になったのも、仁がスポーツに夢中になったからだ。
俺が地味になったのも、仁が目立ちたがりだったからだ。
双子だからこそ……いつも比べられるからこそ、俺は仁と自分を必死に区別しようとしていた。タダでさえ、何もかも一緒なんだ。これ以上、共有してどうする。そう思って、仁とは違う自分になろうと必死だった。仁とは別の道を探し続けてきた。
ってのに、哀しき双子の性なのか。一度だけ、どうしても仁と同じ道に迷い込んでしまったことがあった。勝ち目なんて無いって分かってんのに。馬鹿だった。でも、抗っても抗っても、そこから抜け出すことができなくて……三年半前、両親が離婚すると言い出したとき、俺は親父を選んで福岡へ引っ越すことを決めたんだ。
母さんを選んだ仁と、『彼女』をこの東京に置いて。