暮れのハウス


思出話をしよう。
俺の名前は川添翔太。
現在27才だが、職は自宅警備員。
社会のゴミくず、通称ニートだ。
しかし、すこし前までエリートと呼ばれた人間だ。
子どもの時から英才教育を受けて育ち、遊びなんぞ殆ど知らない。
唯一の遊びと言えば、母方のじいさんが武道家だったため、道場では空手、棒術、合気道…その他諸々仕込まれたくらいだ。
頭は良いというより、暗気力が優れているため勉強はできた。しかし学歴は高いが所詮何の役にも立たん。
自分のことが分かっているため「取り敢えず大手企業に勤めて平凡に一生を終えよう」という魂胆丸出しで、行きたくもない会社の興味もないサラリーマンという道を選んだ。
しかし認めたくないが、社会は残酷で高学歴で取り敢えず大手に勤めりゃそれで安泰な時代は俺の代で幕を下ろした。
個人事業を立ち上げる若手に、クリエイティブさ皆無の老害どもが太刀打ち出来る筈はない。
コスト削減の名の下、まずリストラされたのは使えない窓際族。その次に中間管理職という無能な役員。しかし労働力を失った会社はアルバイトを雇うが過酷な労働条件に耐えきれず、過労死するもの多数。社員に取ってもブラック企業化。こんな会社が平成生まれの呑気なゆとり世代、人生諦めかけの悟り世代に合うわけ無し。60まで働けばなんとかなるなんて幻想はあっという間に打ち砕かれ、赤字の業績は負債の連鎖を巻き起こし、ついに回ってきた俺への赤札。
上等だ、リストラなんざ怖くねぇ。
そう思って受け取った赤札には何と書かれていたか。
後日、中東カムチャッカ王国支社への転勤を言い渡す。
一瞬脳裏によぎったのは大量の群れを成して泳ぐ魚の群れだった。
俺は一体今までこの会社の何を見て過ごしていたのだろうか。二十代も後半になって、やっと自分が間違った道を進んで来たことを認めた。
「カムチャッカ王国ってどこだよ…」
俺は直ぐにその会社を退職することを決めた。



ニートになった経緯はこうだ。
しかし、それまではそこらのゴミクズどもよりよっぽど生産性の高い男だったと思う。
親の期待に応えて、行きたくもない有名国立大に現役で合格し、会社に勤めてからは売り上げは一番とは行かないもののコンスタントに社内ナンバー2を毎年キープ。一番は毎年いつも違う奴だった。自分以外に興味無いから名前は知らないが。
彼女ができれば、したいようにさせたし、それなりの金をかけてやった。
ニートになってからは彼女はいない。
結局女なんて金目当てか、と思うくらい別れ方も実にあっさりしていた。
最近思うのは、時間がとてもゆっくり流れて行くと言う事実だった。
毎日毎日、陸上選手のボルト並みのスピードで過ぎていった時間が今はすることも殆ど無くなったせいかナメクジ並にゆっくりだ。それでも焦りもなければ、後悔もない。
こんな労働者生産国の一歯車でいた自分がむしろ誇らしいとさえ思う。
ロックフェラーしかり、ロスチャイルドしかり、ピケティの定義に沿いたいが、幾分その才能は俺にはない。
しかしアホほど良く稼ぐのは恥じらいと気遣いが無いからだろうなとも思う。
武士は食わねど高楊枝なんぞ俺には無縁の言葉だが、金が無い今は恥じらいなんて持ってても腹は膨れない。
「やー、君、今どんな財布もってんの?」
今日も俺は人間のクズとして青い顔した若い衆から托鉢を頂戴している。
毎日毎日、それで良かった。
親父狩りを行う阿呆の、狩人として生きても、援交目的の馬鹿どもの撲滅作戦に参加しても、そう言う悪い奴は大抵金を持っている。
逆もしかり、何となく蹴散らした悪党どもにはそれまでの被害者も居るわけでそう言う人間がお恵みをくれたりする。
じいさんが武道を仕込んだのはこの為では無いと知りながらも、今の所他に使い道は無い。
身勝手な正義を振りかざしても、それなりの成果が出るものだとも何となく実感。
しかし、腕は立つが所詮何の役にも立たない。誰の役にも立たない。こんなので良いのだろうか。
誰かしらのポケットから抜き取った煙草の煙を燻らせている間にも時間はドンドン過ぎて行く。
八月の蒸し暑さが異様に気分を害す。
そう言うとき向かうのは電気屋だ。
涼しいし、暇はいくらでも潰せる。
テレビの前に陣取れば、情報番組が流れる。
どこかの国の人間が行方不明になっているとか、税金がまた上がるとか、国会議員の削減とか、芸能人の下らないスキャンダルとかどうでも良いけど暇は潰せる。
そのとき、ふと目を遣れば綺麗な女の子がテレビの中で微笑んでいたものだから、思わず見とれた。
俺はこういう女の子が趣味なのか、と新しい自分を見つけたりした。
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