暮れのハウス


神楽坂小夜子は名家のお嬢なのだろう。
俺たち一般人とは違う次元で生きている。

そう思うのは、住む場所、着るもの、小夜子に仕える者、性格等からの判断だが間違いではないんだろうと臆測する。
実際に今のこの場所は、狭い東京の面積に一個人が所有して良いのかと思わせるほど、広い敷地のど真ん中に立つ豪邸だし、住んでいるのは何も俺と小夜子だけではなく大勢居るのも知ってる。
ただ、奴隷の俺は他人の前に出てはならないと小夜子から言われている。
この国では自由は保証されているはずなのに、俺には無いのかと訴えたがそんなものは一蹴された。
「一生、労働者生産国の奴隷として生きたいなら今すぐここから居なくなれば良い」
しかし、その言葉を聞いた途端俺は直ぐに自由などいらないと思ってしまった。
それくらいあっさりと言われれば分かる。
俺は小夜子に取って居ても居ずとも良い、極めて比重の軽い存在なのだ。
だからそれに関してどうこう言うのは止めた。
戻ってもただのニートだ。
誰にも必要とされない。
それに比べたら小夜子のような美人に蹴られていた方が、まだ用途として自分の生産性と価値を感じる。
男の勝手な独りよがりと呼ばれても「まだ、まし」と思う。
実際、小夜子に犬のエサと言われて出される飯も、自分が作る不味い飯より数千倍美味いし、与えられる部屋も俺んちの月六万円の1Kよりよっぽど広くて快適だ。
最初は鎖で繋がれて訳も分からず叩かれ、蹴られ、なじられ、人間性を否定されて生きていてもどうしようもないなんて言われて、死のうかとも少し考えたが、そこはお嬢様の気紛れと言うのか、最近はキスや愛撫が増えた。キスと言っても、恋人同士がするようなものではなくて、まるでというか本当に噛みつくような迫り方をしてくるから殆どこれも小夜子の言う躾なのだろう。最初は訳もなく喜んだが、痛みを伴うのはやはり嫌いだ。しかしそれを行う本人を嫌いになるのはなかなか難しい。
「翔太、わしの顔に何かついているのか?」
「いいや、なにも。小夜子…様」
「そうか」
ティーカップを優雅に口元に近づけ、一息する。溜め息だった。小夜子が俺を呼びつける。俺は近づき、俯いて頬に力を入れた。案の定乾いた音が俺の耳元で鳴った。頬に痛みが走る。
「ティーポットとカップは一度お湯で温めておきなさい。良いな?」
そして何事もなかった様に微笑んでから、ゆっくりと席を立つと振り向きもせずに部屋を出ていった。
メモ用紙に言われたことを書き留める。
また叩かれるのはうんざりだ。

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