あのころ

予定日

その後いろんな会合で体験発表をする。眼帯をしたまま、
「医者は3ヶ月と言いましたが、わずか2週間で退院しました!」

これは事実なのだ。題目をあげにあげきって。もりもり食べて。
ものすごい生命力で実際に2週間で退院したのだ!

片目で体育の卓球をしたり、週9科目の外国語を一度もかけずに
出席した。さらに夜はECC学院で英会話。まるで外大だ。

そのうち妻の妊娠が際立ってきて、二階のおばあちゃんも皆
男の子だと言うので仏壇の横の壁に金吾と札に書いて
1万遍ずつ貼っていった。無事安産男の子を祈りつつ。

予定日は12月下旬。にもかかわらず私はクリスマスイブの日に
吉川宅でECCのクラスパーティーで徹夜。
臨月の妻にはまたまた不安を与えてしまった。

予定日が来ても生まれる気配はなく、とうとう年を越した。
『ひょっとしたらこれは、女の子かもしれない?』

そう思って元旦、長い唱題のあとに金吾の札を全部はがした。
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