愛ニ狂ッタ人
彼がお母さんへ向け、敬語を使うのは、何だか理由がわかった気がする。
きっと、作法に厳しい家なのだろう。
彼ほどの名家の御曹司にでもなると、きっと親へも敬語を使うのが、当たり前なのだろう。
彼は1人っ子だと聞くから、この家には必要な存在だ。
それなのに。
お母さんは特に、夜遅く彼が何をしていたのか、聞かなかった。
家の名を汚さなければ、何をしても良い。
そう、言っていた。
私の親はそうじゃないけど。
普通の家庭なら、心配するはずだ。
6時ならまだしも、もう深夜零時をまわった時刻だ。
家に必要な存在であるべき彼が、何故お母さんに、そんな冷たい言い方をされているのか。
『独りに、しないで―――』
彼が震えながら、消えそうな声で発した言葉だ。
あれは、本心だったのだろうか?
何故、彼がそんなことを言うのか。
詳しい理由は知らないけど。
私には私の家庭の複雑な事情があるように。
彼にも彼の、複雑な家庭事情があるのだろうか?