愛ニ狂ッタ人
ふと、彼のお父さんを思い出した。
実際に会ったことはない、彼のお父さん・幹太さん。
お母さんに監禁されているってことしか、聞いていない。
幹太さんだって、最初は今の私と同じ、出せ出せ毎日、抗議したのだろう。
いくら大好きな奥さんに監禁されたとは言え、外に出られないのは無理があるだろうから。
いつしか幹太さんは悟るんだ。
長い長い、出口の見えないトンネルの中にいるような生活の中で。
“自分は一生出られない”
“なら、このままで良い”
精神を病んだ幹太さんは、そう決めて、今生きているのだろう。
良く言えば受け止め、悪く言えば諦めた。
私もいつしか、このままの生活が続けば、幹太さんのように悟るのだろうか?
たまにプライドが邪魔をして、
“自分は出たい”
と思い出して、夜中でも息子を呼び出すような行為に走るのだろうか?
嫌だ。
私は受け止めたくなんてないし、諦めたくもない。
そういえば、同時に思い出す。
彼に、
「何故私をお父さんに会わせないのか」と
聞いた時のことを。
『あんな奴に会って、雪愛が襲われたりでもしたら、僕はお父様を殴り殺してしまうよ。
お父様を殴り殺したりでもしたら、お母様に今度は僕が殺される。
そうなったら、僕は一生雪愛に会えないだろ?
そんなこと、僕には無理なんだ。
一緒にいたいんだ、雪愛……』
捨てられてしまった仔猫のような寂しげな彼の瞳。
私は無言で、彼をそのまま抱きしめた。