ダイコク
ヤチホコは13歳。
一人、あの砂浜を歩いていた。
兄弟達は浮かれている。ソネミに縁談があった。ソネミは幸せそうだった。誇らしげだった。

ソネミよりも歳上なのが、モリヒトと、アタリ。
モリヒトは、どこか諦めたような生き方を続けていた。アタリの方は、ソネミをやっかんでいた。
ソネミは、、残忍なところがあるが、単純でもある。兄弟の中でも華のある男だから、迷わず想い人を口説き落として、絶世の美女を手にいれた。
アタリは、妬ましさを隠さず、面白くない顔をした。

(いささか疲れた)と、ヤチホコは思った。あの女人は見る目がない。ソネミなど。。
(他に、優しい男がいくらでもあるだろうに。)
もちろん、ヤチホコは、自分の考えが間違っていることは知っていた。相手の女人は、幸せそうだった。
ソネミが、父親に似て見えた。
父親も、惚れ込んだ女人には、それは優しい。ことに、寝室に籠る前なぞ、見ている方もこそばゆいほどだ。
女は、よく心得ている。
自分もまた、あのように女人を口説き落とそうと夢中になる日があるだろうか。
モリヒトは?モリヒトに想い人があるだろうか。。

ヤカミヒメには、随分長い間会っていない。
わざわざ会いに行けば良かったかもしれないが、恐れもあった。兄者達に知られたら、ややこしくなるやもしれぬ。
ヤカミヒメには国がある。国を狙う者に狙われる。ヤカミヒメを手にいれるということは、あの可愛い少女と夫婦になる以上の意味をもつ。
もう一度会いたいとは思う。ただ、それがどのような想いなのかと問われれば、今はまだ、「もう一度会いたい」と言うにとどまる。ややこしくならなければ、また、いつか出会ったときに、、あの頃と変わらずに言葉を交わせるやもしれぬ。

それが恋であれ友情であれ、ヤチホコにとって大切な物には違いない。ソネミのように、何もかも筋を通し、思い通りに行動することができるだろうか。。
今のヤチホコには、難しい。

ヤチホコは、ヤカミヒメが自分を恋い焦がれて、随分長い間想い煩っていることなど全く知らなかった。

ヤチホコは、歩くのに疲れて立ち止まり、砂の上にドサッと座り込んだ。

その時、、
(もし、もうし)と、優しい女人の声がしたように思え、ヤチホコは振り返った。

異形の者。
ヤチホコは、自分の目がおかしくなったのかと思った。真っ白、真っ白だが、あまりにも美しい。
(ヤチホコ様ではありませぬか?)
ウサギ。
ウサギだ。
ヤカミヒメの胸に抱かれていたウサギ。
何故人の姿であらわれたのか、ヤチホコには細かい事情はよくわからなかったが、とにもかくにも、赤い目が同じと気がついた。
「ウサギであろう。」
「不思議なことだ。」
ヤチホコは、呟いた。
ウサギは、砂浜に字を書いた。
(ヤカミヒメ様に仕えております。)
(私は、元が女人でございます。ヤカミヒメ様に匿われていたのでございます。)
「なるほど。」
ヤカミヒメは、やはり、並みの女人ではない。

不意に、ウサギの耳が動いた。
ウサギは、真っ白な頭髪に手をやり、頭を抱えて小さくうずくまった。
それから、ひょいひょいと跳び跳ねて、ヤチホコより遠ざかる。

ヤチホコは気がつかなかったが、あの男が来たのだ。
幼いヤカミヒメの侍女の首を切ったあの男。
物陰から、ヤチホコが女と逢うのを覗こうとしていた。
(これは面白い。)男は、ほくそえんだ。
男は、色の白い美しい女とヤチホコの逢い引きを見てしまった。頭髪には気がつかなかった。男は、白い布で頭を隠しているのだと思い込んだ。

実は、ウサギも油断していた。
これが、ことの発端だったのかもしれない。

この数日の後、ヤチホコの兄弟達は、アタリを先頭に因幡の国へと狼藉を働きに行くことになる。。


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