ダイコク
アタリには、母親がなかった。母親は、父親の心が離れた後、身体が弱り、早くに亡くなった。
アタリは、早くから女を知っていた。
母親に護られている兄弟達の方が、こういったことに奥手であったように思う。
自分には、護ってくれる女人が無いから、ついつい、コトを急いだのかもしれない。
他所の家の侍女に手をつけた。女は一人ではなかった。そして、そんなときに、父親に言われた。
「アタリの母親は、心の底から美しい人だった。」
つまらない女と寝るなと言われたように思えた。自分が惨めで、薄汚れていることに、初めて気がついてしまった。女達には辛くあたった。

ソネミにも、母親はなかった。
アタリは、母親を知っていたが、ソネミは母親を知らなかった。
アタリよりは、ソネミの方が幸せだったかもしれない。ソネミの中の母親は、神格化されていた。
けれども、アタリの母親は、男に恋い焦がれて身を滅ぼす生身の女人だった。
何故、母親が自分をはらむようなことをしたのか。。アタリには、納得がいかなかった。

ソネミの想い人を初めに見つけたのはアタリだった。
この女人は、母親に似ていた。
見た目の美しさもさることながら、素直で竹を割ったように単純だった。

実は、、ちょっと本気になった。
むしろ、いつものように遊び者として声をかければ良かったのかもしれない。
でも、アタリは、慎重になった。ソネミに相談した。相談したと言っても、モノにしたいと言ったわけではない。
「お前、あの娘が何者か、知っているか?」と、尋ねた。それだけだ。
失敗だった。ソネミが恋に落ちたのが分かった。

アタリは、思い直し伊達男を気取り、娘に声をかけたが、後の祭りであった。
娘は、アタリを相手にもしなかったが、しつこいことを知ると、今度は怖がった。
本気になればなるほど空回りし、ある時とうとうてごめにでもしてしまおうかと捕らえて迫ったら、、ソネミが剣を抜いた。
「兄者、もう、女人をからかうのは止めよ。」
ソネミは、俺の想い人とは言わなかった。兄者に向かってそんなことを言えるわけがないが、他の女人でも助けたかと言われれば、そうではないように思う。
(らしくない。自分だって、大概乱暴者ではないか)と、心の中で呟いてから、初めて気がつく。
ソネミは、兄弟達には乱暴だが、女と遊ぶことはない。
「兄者なら、良い男振りだから、受け入れる女人もほしのかずほど。何故、このようにややこしいことになっておりまする」
ソネミは大切な兄弟だ。それに。。
この女人と。母親に似たこの女人とどうこうなって、その先どうなるのだろうか。母親は、幸せではなかったし、父親だって、つまらないから手放したに決まっている。。。

自分よりは、ソネミの方がまだましに思えた。

母親に似た女人は、この女人は、母親に似ているが、似ているが違う。

女人が、ソネミの背中に身体を寄せるのが見えた。

このあとのことだ。この、ほんの数時間の後。
アタリは、地獄を見る。



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