ダイコク
モリヒトは、恐れていた。
兄弟達の様子がおかしい。
アタリやソネミには誤解があるようだが、モリヒトにしても、何か要領よくたちまわれている訳ではなかった。
モリヒトは、確かに兄弟達の中で一番ヤカミヒメに会うことが多かった。というのも、父親に使いを頼まれることが多かったのだ。
だから、父親のヤカミヒメに対する考えも、モリヒトだけが知っていた。
「ヤカミヒメは、封印せねばならん」と、父親は、モリヒトにだけ耳打ちした。
「特に、万の神の兄弟たちの、誰の名前も呼ばせてはならぬ。。。」と、父親は言った。
モリヒトは、、モリヒトは、父親に打ち明けられなかった。
もう、既にヤカミヒメは、ヤチホコの名前を知っている。何度も何度も、想いを寄せて、ヤカミヒメにとって、大切な名前なのだ。
ヤカミヒメは、モリヒトの名前を呼んだことはなかった。モリヒトのことは、「ヤチホコの兄者」としか認識していなかったからだ。
ヤチホコの名前を教えてしまったのは、自分だ。
早めに父親に打ち明ければ、何かが変わるのだろうか。
父親は、けしてデタラメに物を言っている訳ではない。名前を呼ばれるなと父親が言うのなら、そこには、何か思いもかけない理由があるのだろう。父親の予言が外れたことはない。
「名前を呼ばれたらどうなるのか?」とは、聞きづらかった。
けれども、、父親は、ヤカミヒメを嫌っているという風ではなかった。
毎年、決められた時期に、決められた品物を贈った。
どういうまじないかは、モリヒトには分からなかったが、 何か封印という言葉と関係があるのだろう。

ヤカミヒメと言葉をかわすことは、もう、無くなっていた。ヤカミヒメは、もう少し年上と聞いていたが、ヤチホコと同じくらいに見えた。
それはそれは、美しい女人になった。

モリヒトは、ヤチホコとヤカミヒメの関係を黙っていて良いものか、常々悩み続けて来たものだから、兄者たちがことを起こしたことには、実は、驚かなかった。
とうとう。父親の手のひらから、兄弟たちがこぼれ落ちる時が来た。
アタリもソネミも、他の兄弟たちも、自分たちが、どれだけ父親に愛され、護られていたのか知らない。
モリヒトは情けなかった。自分など、他の兄弟に比べられるなら、捨てゴマのようなものだ。
ヤカミヒメに名前を知られてはならないなどと言いながら、一番危険な使いに遣られているのが、自分なのだ。
武芸もできない。智くもない。
しかし、言われたことをきちんとこなすだろうと、期待してもらえたのだとは思う。女人に名前を教えるななど、他の兄弟たちには難しくややこしい話だ。
でも、実際にヤカミヒメにヤチホコの名前を教えてしまったのは自分だった。

父親がモリヒトにだけ忠告したことには、何かまた意味があったのかもしれない。
けれども、、この度だけは、父親の忠告は、遅すぎた。兄弟たちは、因幡の海岸で、ウサギを捕まえた。

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