ダイコク
アタリは、耳を疑った。
アタリは、ヤカミヒメの御殿場へと向かう途中だった。この度も、アタリに従う者は多かった。たまたま、慌てて何処かへ向かうモリヒトを見かけたので、皆でからかいがてら、ちょっと寄り道したわけだ。
アタリは、この日はウサギを相手にするつもりはなかったのだが、兄弟たちが聞いてしまったのは、それは、、呪いの言葉だった。
「ヤカミヒメ様は、ヤチホコ様と想いを遂げられることでしょう。」
ウサギとモリヒトは、万の神の兄弟たちに取り囲まれてしまった。
アタリは、ウサギを見下ろした。
「ウサギ。お前、口がきけたのか。」

ウサギは、すぐに、自分が口を滑らせたことに気がつき、恐怖した。
「お前がそんなに愉快な女だったとは、初めて気がついたわ。」と、アタリは、剣を抜いた。
実は、、伐られたことはない。いつもいつも、降り下ろされた剣から逃げ惑うのをにやにやと眺めているだけだ。
ウサギの心臓ははねあがった。声が出るとは思わずにしゃべったのだ。
いつもは、必死に口を動かせても、言葉が放たれることなどなかったのに、大変なことになってしまった。
モリヒトは、、ウサギを後ろに隠し、逃げることを諦めて、剣を抜いた。

モリヒトは、別に武芸の稽古から逃げたかった訳ではない。
痛む足をいたわらねばならなかった。否、、痛みなどどうでも良かった。いつか関節を治し、好きなだけ動き回れる日のために、立ち向かって行きたい気持ちを押さえ続けて歯車が狂ったのだ。
モリヒトは、殺気だった。それと同時にイラついた。
(いまいましい)
抜いた剣を、振り上げ、、そして、あろうことか、自分の左足に突き刺した。

兄弟たちは、訳がわからず、後退りした。
モリヒトは、叫んだ。
「ウサギ、逃げよ」
ウサギは、足がすくんだ。
兄弟たちも動けなかった。
父親の前で手合わせしている時とは、明らかに何かが違った。
「ウサギ、逃げよ」
(ヤチホコに知らせるのだ)
ウサギは、逃げた。

あっけにとられていた兄弟たちは、ウサギが逃げたのを見ると、ハッとして、、後を追おうとしたが、モリヒトは、その兄弟たちに剣を向けた。ウサギに手をかけようとした者に、本当に切りかかった。
アタリは、、モリヒトではない何かを見た。
手合わせではない。モリヒトは、兄弟たちを伐ろうとしている。伐られる覚悟もできている。
アタリは、頭に血が上り、目眩を覚えた。突きつけても突きつけても、兄弟たちは、伐りあったことはなかった。父親の言いつけは守られてきた。
が、、モリヒトは、伐ろうとしている。。
モリヒトが抜いたのは真剣だ。
こちらも真剣を抜けば、兄弟同士で本当に殺しあいになる。アタリは、兄弟たちに言った。
「剣は抜くな。後は、、何一つ手加減いらぬ」
「モリヒトは、モリヒトは、裏切り者じゃ 、。」


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