ダイコク
ヤカミヒメは、いつも護られていた。ヤカミヒメには、預言の力があると言われ、周りのものはヤカミヒメを飾り、護り、たてまつった。ヤカミヒメを奉る者の中に、ヤチホコ、モリヒトの兄弟たちの一族もあった。誰もがヤカミヒメを怖れ、ヤカミヒメに逆らえない空気があった。
けれども、当のヤカミヒメは冷めた心でお付きの者を、世の中をのぞいていた。
「この人たちが見ているヤカミヒメは、私のことではない。」私ではなく、皆が皆自分が信じたいヤカミヒメを作り上げていく。
ヒメには分かる。
この侍女はこの国に生えたコケのようなものだ。親しくなっても空しい。数年後には、あのつまらない男にたぶらかされ、間違えた子どもを腹にかかえて殺される。しかし、もしもそれを忠告してやっても、この侍女はヤカミヒメを怖れるばかりで、泣く泣く愛しい恋人に別れを告げ、ヒメの心は理解しないであろう。「自分を人とも思わず、恋路を妨げる厄介な主人」というのが、この侍女が作り上げていく妄想の中の「ヤカミヒメ」なのだ。
それで恨まれても、別れられるならば良い。でも、この侍女は結局は男と別れない。侍女は妨げられるほどにますます思いを募らせ、結局は男のい言いなりに殺される。そういう運命にあり、ヤカミヒメにはそういう大人の恋の病を治す方法は分からない。。
それだけではない。あの護衛の男は「万の神」に斬られることになっている。けれども、その事をあの男に話しても、もうやうやしく聞いているふりだけして、理解はしないであろう。まさか、「ヤカミヒメ」の従者が「万の神」に斬られるなどと思いはしまい。
そう、自分は愛されない運命にあることも、ヤカミヒメは知っていた。
表向き、「万の神」たち、ヤチホコの兄弟たちは、皆が皆ヤカミヒメのことを敬っていることになっており、国を、土地を狙う者たちは、「ヤカミヒメの心」というものにそれはそれは忠実に見えた。
しかし、彼らはあくまで自分の思いに忠実なだけで、「ヤカミヒメの心」などというものは、知りもしなかった。

ヤカミヒメの顔には、いつも憂いの表情があった。
「治められない」
これから、国は荒れる。
周りの者に、その事をどう伝えたら良いのだろう。

結局のところ、何を言ってもいけない。
「ヤカミヒメ」の一言に周りの者の妄想が膨れ上がり、事態はますます悪化するのだ。

ヤカミヒメは、小さなウサギを胸に抱いた。ヤカミヒメは、うさぎの額に手を当て、まじないを呟く。。
「どうか、国を治められる人を探してちょうだい。」
「何故、みんな私を怖れるのかしら。私になど、何も変える力はない。」
「私が何か言う度に、誰かに何かを諦めさせてしまうのよ」
「何よりも、私が、何もかも諦めさせてしまいそうだわ」
「皆が皆、怖れているふりをして、私が言うことと反対のことばかりする。」
「何もかも、結局のところ黙っているしかない」
預言者は、どんどん無口になっていった。
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