ダイコク
血の匂いが近づいている。
もはや、手合わせと言うわけには行かないかもしれない。
女人を背中の後ろに隠し、多勢に無勢。今までのように、伐り合わずに逃げ延びるなどということができるであろうか。。。

小さな頃、母親に打ち明けられた秘密を思い出す。
「母様、私は、叩くことも蹴ることも、嫌いでございます。」と、幼いヤチホコは、スクナヒメに言った。
スクナヒメは、目を細めた。嬉しそうに。。
「そうですか。。では、腕をあげる他ありませぬ。」はて。
ヤチホコは、首をかしげる。
「兄者たちは、皆、何度も何度も、打って、蹴って、打たれて、蹴られて強くなったと言うておりました。だから、お前も我慢せよと。」
スクナヒメは、微笑んだ。
「父様をご覧なさい。父様がお前を打ったことが有りましたか?長兄を打ったことは??」
父親は、実は、どの子も、打ったことも伐ったこともなかった。(蹴倒したことはあったかな??)ヤチホコは、ちょっと考えた。
ただ、向かって来る子に打たせてやりながら、何を攻めるのか、どう隙を無くすのかということについて説いた。隙を見せると、、剣が撥ね飛ばされたり、投げ飛ばされて押さえ込まれたり。
「母様、父様は、時々長兄を蹴倒しますよ。」
あらあら、、
「まあ!、それでは、ヤチホコは、父様より強くならなければなりませんね。」
スクナヒメは、ヤチホコを抱き締めた。
「そのためには、ヤチホコ、、蹴倒されても打たれても、ご自分でやめさせねばなりませぬ。母も、父も、けして、けして助けてはやれませぬ。」
「誰よりも、うまくなれば良いのです。そうすれば、、打たずとも、伐らずとも、渡り合うことも叶うでしょう。」
「怪我をしたら、帰って来なさい。やせ我慢などして、怪我も傷もほったらかしの者を、強いとは言わない。傷は治し、病を癒せることこそが、強さなのです。この母が、どんなことをしても、お助けします。どんな痛みも癒してみせましょう。」
「打たなくて良いのです。蹴らなくて良いのです。止めさせれば良いだけ。。」
父様には、秘密ですよ。
(父様は、打たなくて良いほどに、伐らなくて良いほどに、強いお方。スクナヒメは、、お強い姿に見初めてしまったのです。)
スクナヒメも、儚げに見えて、あの父親の妻がつとまる強かな女人なのだった。


血の匂いが近づいている。

モリヒトは、足を引きずりながら歩いていた。兄弟たちは、モリヒトを袋ただきにしたあと、全ての荷物を担がせた。
担がせたというよりも、投げつけた。
こん棒で尻を殴り、首につけた縄を引きずりながら、ヤカミヒメの御殿場に向かう。兄者たちは、調子にのっていた。
モリヒトは、しかし、まだギラギラと殺気だっていた。兄弟たちに手をかけ、ギラギラと殺気だったまま、獣のように、時々牙を剥くように見えた。

アタリもまた、モリヒトを袋叩きにしただけでは気がすまなかった。
「こそこそと、卑怯ものと腐れものの集まりじゃ。因幡の国など滅ぼしてくれよう」
迎合した兄弟たちは、狂気乱舞た。
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