ダイコク
ヤチホコの母親は儚げな人だった。
多分、他のどの女よりも父親に愛されていたと思う。
そして、一番父親に似た子を産んだ。
けれども、二人とも、両親とも、そんなことはおくびにも出さなかった。他の女たちに妬まれることを怖れたのだ。
ヤチホコの母が愛されたのは、ただの気まぐれではなかった。
ヤチホコの母には、不思議な力があった。病も怪我の痛みも、たちどころに治してしまう。ヤチホコの母親は、けして男を引き寄せるような美女ではなかったが、支え抜くことができる女だった。
実は、ヤチホコは、二人のラブストーリーを一番身近に知っている。

(何という顔をするのだ。)父親は、母に救われる度に、母の顔を見て心に思う。美人ではない。しかし、いつも救われ、危機を逃れたあとに側にいる。他に自分を惹き付ける女はいても、これほど自分のために耐える女はいない。その耐える表情が、どれだけ男の心を狂わせるか、本人は多分、知らない。
(何という顔をするのだ。。)父親は、ヤチホコの側で母親を抱き締める。
ヤチホコの母親は、ヤチホコと父親の為になら、火にも焼かれるし、誰にでも命を捧げるであろう。
ヤチホコは、父親から学んだ。
母さんを護らなければならない。
母さんは、父親とヤチホコの守り神だ。
どちらかが怪我をすると、母親はいろいろなものを持ってきた。ヤチホコが兄者に目をやられた時が一番心配かけたとき。
でも、目を怪我しても、手足をうっても、いつも誰にも不満を言わず、ただ、いつも一番良い治療と、良い薬を手に入れ、そして、一番良い治療ができる人に会わせてくれた。ヤチホコは、母親から、身体をいたわることと、生き延びることを学んだ。
体が戻ると、母親は、ホッと顔を緩める。多分、父親は、そんな母親の表情に狂おしいほどに惚れこんでいるのだろう。
ヤチホコも、傷がいえたときに母親が見せるホッとした顔が一番好きだった。二人とも、自分が傷ついたときに母が見せる苦渋の表情を見ると、何としてでも生き延びる、いえなければならないと思わされた。
母親は、間違いなく、父の最愛の人であった。母親と、父親と、ヤチホコの3人になると、父親はヤチホコを遠ざけ、母親にばかり触れ、それはもう、甘い言葉を囁く。
ヤチホコは、と言えば、母親が父親に褒められることも愛されることも、誇らしかった。
そのせいだろうか。
ヤチホコは、幼いうちから、ロマンチストだった。
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