ダイコク
ヤカミヒメは、夢を見た。

幼い自分と、あの可愛らしい男の子、ヤチホコが、浜でじゃれあって遊んでいる。

ヤカミヒメの足がもつれて砂浜にたおれこむ。ヤチホコは、ヤカミヒメの後ろに手を伸ばし、救おうとして、ヒメの下敷きになる。

ヤカミヒメはヤチホコの上に。ヤチホコの胸に、ピッタリと頬をつける。

「ヤチホコ」
返事はない。ヤチホコは、ヤカミヒメが転げそうになったことにちょっとびっくりして、そして、ホッとしたところなのだ。
「ヤチホコ」
誰も気がつきはしない。でも、、ヤチホコの表情は、父親を狂わせた、あの母親にそっくりだ。
「ヤチホコ」
「大丈夫だった?」
ヤチホコは、ヤカミヒメの呼び掛けにやっと答える。

「胸が痛い」
ヤカミヒメの体の中で、また、何かが変化したようだった。。
ヤチホコが、何やら呪文を唱える。
ヤチホコの手がヒメの背中に触れる。
そっと、そっと、ヤカミヒメの髪にヤチホコの唇が触れた。
母様のまじない。 いつも、怪我したヤチホコを抱き締めてくれる。
ヤチホコには、イトオシイ気持ちは分かる。でも、多分、父様や母様ほどに深くは分かっていない。
ヤカミヒメの体の中で何かが弾けそうになったその時、
そこに、モリヒトが姿を見せた。 「モリヒト。兄者」
ヤチホコの声が弾む。

「胸は大丈夫?」
ヤチホコは、もう一度ヤカミヒメの耳元に顔を寄せて囁いた。
「胸は大丈夫??」
ヤチホコに他意はない。怪我や病気は、明かさぬよう、護らなければならないのだ。
ヤカミヒメの方はしかし、頬を赤く染めた。
「もう、大丈夫。」
「そう、良かった。母様のおまじない、効いたね。」
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