S系上司に焦らされています!
第一章 ドSEさまとわたし。
「……ああ、午後も長いなあ」
昼食を急いで食べて、職場に戻るわたしの足取りは重い。
昼過ぎの太陽に照らされた歩道を歩き、ガラス張りのオフィスビルの前で小さくため息をつく。
このビルの二階が、わたし――相沢沙智の働くDAT高杉ソフトウェア株式会社だ。
中小企業ながらも新宿の小洒落たビルに居を構える我が社は、社員の約半数が出向先で働くこともあってスペースはそう広くない。
けれど、数年前に移転したばかりのオフィスはデスクもパソコンもまだ新しくて快適だ。とはいえ、わたしは移転前のオフィスを知らない転職組である。
「午後もがんばらなきゃ」
小さな声で自分に言い聞かせるようにして、ビルの正面エントランスをくぐり抜けた。
それにしても足が重い。
別に食べすぎて体が重いわけではなく、どちらかといえば連日の残業と睡眠不足で体重は減った。
嬉しくもないダイエットである。
二十六歳にもなって、ひとりでファストフード店に出向き、サラダとハンバーガーとドリンクを急いで胃に収めて戻ってくる。昼休みはいつだってそんな感じ。
できることならば、テレビや雑誌に出てくるステキOLのようにオシャレなカフェでランチなんてしてみたいけれど、まずわたしにはその時間がない。
代わりといってはなんだが、「昼食を食べられるだけでありがたいと思ったら?」なんて平然と言いそうな上司ならひとりいる。
しかもそれを言いそうな彼は、優秀なシステムエンジニア——いわゆるSEで、性格的にSっぽいことからひそかに『ドSE』と呼ばれているおそろしい人なのだ。
長身に均整のとれた体つき、男性にしてはあまり日焼けしていない肌が三十三歳という年齢を感じさせない、切れ長の目もまっすぐな鼻梁も形の良い唇も、外見だけならばモデル顔負けの上司。ただし、ドSE。 そんな七瀬さんの整った顔立ちを思い出して、わたしはぶるっと身震いをした。
季節は六月、初夏だというのになぜ寒気がするのかなんて言うなかれ。いえ、そういう人なんです、七瀬さんは……。
「あれ、相沢さん、お昼だったの? ちゃんとお昼休みに食べられるなんて珍しいねー」
会社のエントランスホールを歩いていると、覚えのある声が後ろから聞こえてくる。
「市原さん」
振り返ると、わたしの所属するシステム開発第三ユニットのチーフ、市原さんがひらひらと手を振っていた。
市原さんは背が高くて、男性にしてはかなりの細身だ。メガネの奥の目は小さめだけれど、とても優しい。
「なんか、やつれてるねー」
「……そうですか?」
やつれていても仕方がない。 むしろ社内の誰もにそう思われておかしくないプロジェクトに、わたしは参加していた。
昼食を急いで食べて、職場に戻るわたしの足取りは重い。
昼過ぎの太陽に照らされた歩道を歩き、ガラス張りのオフィスビルの前で小さくため息をつく。
このビルの二階が、わたし――相沢沙智の働くDAT高杉ソフトウェア株式会社だ。
中小企業ながらも新宿の小洒落たビルに居を構える我が社は、社員の約半数が出向先で働くこともあってスペースはそう広くない。
けれど、数年前に移転したばかりのオフィスはデスクもパソコンもまだ新しくて快適だ。とはいえ、わたしは移転前のオフィスを知らない転職組である。
「午後もがんばらなきゃ」
小さな声で自分に言い聞かせるようにして、ビルの正面エントランスをくぐり抜けた。
それにしても足が重い。
別に食べすぎて体が重いわけではなく、どちらかといえば連日の残業と睡眠不足で体重は減った。
嬉しくもないダイエットである。
二十六歳にもなって、ひとりでファストフード店に出向き、サラダとハンバーガーとドリンクを急いで胃に収めて戻ってくる。昼休みはいつだってそんな感じ。
できることならば、テレビや雑誌に出てくるステキOLのようにオシャレなカフェでランチなんてしてみたいけれど、まずわたしにはその時間がない。
代わりといってはなんだが、「昼食を食べられるだけでありがたいと思ったら?」なんて平然と言いそうな上司ならひとりいる。
しかもそれを言いそうな彼は、優秀なシステムエンジニア——いわゆるSEで、性格的にSっぽいことからひそかに『ドSE』と呼ばれているおそろしい人なのだ。
長身に均整のとれた体つき、男性にしてはあまり日焼けしていない肌が三十三歳という年齢を感じさせない、切れ長の目もまっすぐな鼻梁も形の良い唇も、外見だけならばモデル顔負けの上司。ただし、ドSE。 そんな七瀬さんの整った顔立ちを思い出して、わたしはぶるっと身震いをした。
季節は六月、初夏だというのになぜ寒気がするのかなんて言うなかれ。いえ、そういう人なんです、七瀬さんは……。
「あれ、相沢さん、お昼だったの? ちゃんとお昼休みに食べられるなんて珍しいねー」
会社のエントランスホールを歩いていると、覚えのある声が後ろから聞こえてくる。
「市原さん」
振り返ると、わたしの所属するシステム開発第三ユニットのチーフ、市原さんがひらひらと手を振っていた。
市原さんは背が高くて、男性にしてはかなりの細身だ。メガネの奥の目は小さめだけれど、とても優しい。
「なんか、やつれてるねー」
「……そうですか?」
やつれていても仕方がない。 むしろ社内の誰もにそう思われておかしくないプロジェクトに、わたしは参加していた。