いつかウェディングベル
「専務、お待ちしていました。
それから、こちらが今回の企画のサポートをする商品管理部門の田中加奈子です。」
透はテーブルの一番端に、持参したノートパソコンといくつかの資料を置き、そのままそこの椅子に腰かけた。
吉富さんのメンバー紹介など聞き流している様だった。
そして、私を見るかと思えば顔は私の方を向いてこそいるが、視線は全く外れたところにあった。
「よろしく」
全く知らない人でも見るかのような目をして挨拶をした透。
悔しいくらい私だけが動揺している。
「よろしくお願いします」
私だって、知らない人のフリくらいできるわ。
透の迷惑になるようなことはしないわよ。
私だって芳樹がいるのだから。
透に芳樹のことを知られたくない。
だから、今は他人のフリをしていたほうが得策というものよね。
この時、
私は、自分だけが透の存在に動揺していると思っていた。
けれど、まさか、透も私の姿を見て動揺しているとは知らなかった。
私にも吉富さんにも気付かれない様に落ち着き払っていたが、内心、透が私の入社の事実に困惑していたとは知らなかった。
「それでは、この資料からですが」
吉富さんは資料を配り説明を始めようとしたが、透は資料を手に取らず手元のノートパソコンに目をやっていた。
「? 専務、資料をどうぞ」
「あ、ああ。ありがとう」
吉富さんから促され資料を手に取ると一通り資料に目を通していた。
そんな透の姿を見て私の存在が疎まれているのだと感じた。