いつかウェディングベル
吉富さんは蟹江さんを見て椅子から立ち上がった。
「どうして蟹江が?」
「いえ、それが、その・・・」
いつもの蟹江さんらしい態度ではない。勇ましい元気のよい蟹江さんが透の前だからか控えめな態度だ。
会議室へと入って来た透は腕を組むと私の顔を見て冷たく言い放った。
「蟹江、田中と交代だ。話にもならない。」
それが答えなのだ。透は仕事に私情を挟む人ではないと思っていたが、なんて心の狭い人間なんだ。
私とは一緒に仕事をしたくないからわざと私と反対意見を通そうとしたに違いない。
私を怒らせば冷静になれない私は担当から外せる。
きっと透はそう睨んでいたのに違いない。そうとは気づかずに愚かな私はまた透から見放されるのだ。
職場でも私の居場所を奪われる。
最低の男とみんなに話した通り、やっぱり透は最低の男なんだ。
判っていたのに今頃になって気付くなんて、透の罠に落ちるようで悔しさでいっぱいになる。
こんな最低男となんて二度と一緒に仕事するものか!
私の頭の中の何かが切れた。
私は持っていた資料を透に投げつけた。
冷静な澄ました顔の透が気に入らない私は怒りが爆発した。
そしてテーブルの上に置いていた私用のノートパソコンもテーブルから捨てるように落とした。
「なにするんだ?!」
流石にパソコンを床に捨てたことに透は驚いた顔をした。
パソコンが床にぶつかる鈍い音が会議室中に響き渡る。
静かな会議室が何とも言えない恐ろしい空間に変わっていくのを吉富さんと蟹江さんは感じ取っている。
「何度も失望させないで。失礼します。」
私は至って冷静だと言わんばかりに平静を装い透を睨みつけた。
私の睨みを黙って受け入れる透が憎らしい。
「ちょっと、田中さん?」
「おい、どうするんだよ、これ会社の備品だぞ。」
蟹江さんも吉富さんも専務の透の前だけに慌てていた。
けれど、私は更に透への嫌がらせに落としたノートパソコンに持っていたお茶をかけた。
流石にこれに蟹江さんも吉富さんも目を丸くして見ていた。