いつかウェディングベル
親父やお袋がいようがいまいが関係ない。俺は俺のしたいようにするだけだ。
だから、加奈子を抱きかかえた。
「きゃっ、透!」
「下ろさないよ。さっさと休んで早く元気になることだよ。」
下ろせば加奈子はリビングから離れようとはしないだろう。
きっと芳樹と一緒に過ごそうとするだろう。
これまで母子二人だけで生活してきたのだから。芳樹のいない空間にまだ慣れていないだろうから。
「あらまあ、仲の良いことですこと。」
「羨ましかったらお袋は親父に抱きかかえてもらったらいい。」
「俺をぎっくり腰にさせるつもりか?!」
「だったらゆっくり入院してて下さいよ。社長代理させてもらいますからね。」
「まだ会社はお前になんぞ渡さんぞ!」
親父はまだまだ引退するには若すぎる。これからもっと活躍してもらわなければならないんだ。
お袋を抱きかかえて入院でもされたら俺の方が困ってしまうよ。
お袋には悪いが親父にそんな甘い期待はしないでくれよ。
「さあ、加奈子。君はベッド行きだ。」
加奈子は親父たちの前で抱きかかえられるとは思わなかった様でかなり顔が赤く染まっている。
これまで何度も抱きかかえているのにまだ慣れないのか?と俺は言いたくなるが、流石に親の前でこんな行動を取るのは慎んだ方が良かったのだろうか?
「熱が出たのか? 顔が赤いぞ。」
「恥ずかしいからよ!」
「病人を抱きかかえるののどこが恥ずかしいんだ? 俺は平気だけど?」
「透がこんな意地悪なんて知らなかったわ」
可愛い顔してそんなセリフはよしてくれ。
今から療養する為にベッドへ向かっているのに、俺は欲望の為に加奈子を抱きかかえているのだと勘違いしそうになる。
「透、ここへ連れて来てくれて有難う。」
やっと俺の顔を見て加奈子が幸せそうに微笑んでくれた。
そしてその感謝の言葉がどんなに俺を悦ばせるのか加奈子は知っているのだろうか。