いつかウェディングベル
そこで驚いた表情を見せたのは吉富だけではなかった。
周りにいた販促課だけでなく、近くで様子を伺っていた商品管理部門の他の部署の社員達も吉富の怪我に興味深々で聞き耳を立てていた。
吉富はこれまでの会話の辻褄を合わせ、誰が加奈子の元彼でDV男と言われるのか、そして、キスの現場を見られた加奈子と俺の関係がどうあるのか、吉富の中でハッキリしたようだ。
すると、手を額に当てると急に笑い出した。自分がやって来たことは何だったのかと。
結局は、一方通行に過ぎなかった想いだと。一方的にのぼせ上がり周りが見えていなかったと。
「恋は盲目とはよく言ったものだよ。俺が盲目になるとは。」
「それだけ好きなんでしょ? 俺は全部見えてましたよ。」
吉富は江崎を見て笑った。吉富は加奈子へのアプローチを続ければいつかは自分へ気持ちを寄せてくれるのではないかと期待していた。
けれど、江崎には分かっていたようだ。いつも加奈子の瞳の奥に誰がいるのか。
「田中さんはいつも息子の芳樹君を通してその元彼を見てたんですよ。ですよね? 田中さん。」
加奈子がやって来たことに気付いていた江崎は加奈子へそう話しかけた。
加奈子はもう隠せないと観念したのか、それとも、これ以上の騒動は必要ないと感じたのかあっさりと認めた。
「ええ、そうです。私は芳樹の父親をずっと愛していました。例え、彼にどんな事情があって別れても忘れることなんて出来ませんでした。」
加奈子のセリフに吉富は俯いてしまった。そして手で顔を覆うと大の男が周りに沢山の社員がいるのにも関わらず涙を流していた。
そんな様子を見て江崎は周りの野次馬をそれぞれのデスクへ戻るようにと追い払っていた。それを見て岩下も江崎を手伝い吉富を守るような行動に出た。
「江崎さん、俺、見直しましたよ。」
「それはありがとう、岩下君。」
いつも岩下に諌められていた江崎だったが、この時ばかりは先輩面をして得意気に微笑んでいた。