いつかウェディングベル
「芳樹君の父親だけってこと?」
吉富さんからも何度かアプローチは受けた。
だから、吉富さんのことを真面目に考えることはある。
けれど、やはり息子の芳樹の父親である透がどうしても私の中から消えてくれない。
捨てられたのに忘れられないなんて滑稽な話だわ。
馬鹿げているとは自分でも分かっているのだけど、それでも、どうしようもないことはある。
けれど、彼のことは忘れなくても息子の芳樹だけが大事な存在。
だから、私には芳樹さえいてくれればそれで十分。今更、透が欲しいなんて言わない。
他の女のところへ走った男なんて欲しくないから。
「それもないわ。終わったことですから。 男性不信に陥れられた張本人ですよ。興味ないです。」
「男性不信ね・・・ よほど酷いヤツだったんだね。」
「ええ、最低、最悪の人でしたよ。」
こんな時にこんな話はあまりしたくないのに。
吉富さんは私がどんな男に振られたのか興味あるのかしらね。
「そんな男の子どもを何故中絶しなかったの?」
「だって、子どもがいれば一生結婚しなくてもいいでしょう? あの子と二人で暮らしていくの。」
そうよ、これで透にも他の男にも頼る必要はない。
自分の生活は自分で守ればいいだけのことだから。私はこれで良いと思っている。
「寂しくないの?」
「もうあんな酷い目には遭いたくない。男には懲り懲りよ。」
きっと、吉富さんは自分が遠回し的に振られたと思ったかもしれないわね。
でも、もしそう受け取られたらそれでもいいかもしれない。
私みたいなシングルマザーよりもっと素敵で吉富さんにお似合いの人がいると思うわ。