いつかウェディングベル
私の言葉に淋しげな表情をした吉富さん。
これまでのことを考えれば私がしていることは女としては酷い仕打ちだ。
でも、ここで吉富さんに期待を持たせるようなことをする方が逆に可愛そうな結果になる。
「専務も君のことは心配している。だから、問題が起これば相談するといいよ。俺たち平社員と違って専務なら解決できることもあるだろうから。」
それはただ専務として透を見ているから言える言葉だ。
吉富さんはやはり透との関係は知らないようだ。
「それに、専務は君のことを気にかけている。俺は負けるつもりはないよ。
だから、今は引きさがるけど、それでも諦めるつもりはないから。」
吉富さんの宣戦布告ともいえる言葉に正直鬱陶しく感じた。
透が例の男であるにも拘らず、別人として私に好意を抱いているとなると妙な関係が成り立ってしまう。
ただでさえ面倒なことになりつつあるのに、ここで吉富さんの思い込みで状況が更に悪化したら私はどうすればいいの?
頭痛のタネが増えるばかりで鬱になりそうな気分だわ。
取りあえず、今、聞いた吉富さんの言葉は忘れよう。
まずは、透との関係をどうするのか。
私だけではどうにもならないし、透を無視することも出来ない。
芳樹がいる以上放置できる問題ではないことも判っている。
だから、ひとまずは私は透のことだけを考えることにする。
そんなことを考えていると、社長室のあるフロアへとやってきた。
いつもならこの後自宅のアパートへ帰るところだが、医師との約束を交わした責任があるからと私と芳樹が来るのを待っている透の所へと行く。
芳樹を連れて社長室へと向かう私の心は何故か弾んでいた。
「お帰り、加奈子。」
私の姿を見つけると透の優しい笑顔が待っていた。
そんな透を見て私の心は私の思い通りにならないと言うことを改めて知った。
「芳樹もおかえり」
「ただいま!」
透を見て嬉しそうにはしゃぐ芳樹は昨日の広いマンションへ帰ると思っていたようだ。