みんなの冷蔵庫(仮)1
まだ数メートル距離があるのに、佐田が僕に気付き振り返る。

この敏感さには毎度驚かされる。
後頭部に目があるんじゃないかと思う時もあるくらいだ。


「シグマさん、大丈夫でしたか?」

「ああ。低血糖起こしてたらしい。もうすっかり元気だ。点滴はあと30分くらいで終わるだろう」


佐田は腕時計をちらりと見てから、奥底を光らせた、闘いに挑むような目で僕を見た。


「あと30分で終わらせろと?」


いつもの穏やかな佐田ではなく、出陣前の武士のような顔付きに変わっている。


「いや、20分だ」


佐田はため息を付くと、振り返らずに歩き出し、僕はそれに続く。


「一緒に連れ帰るつもりですか?」


斜めに道路を渡り、なかなか立派なマンションの前に着くと、佐田は横に並び、十階以上あるそれを見上げる僕に言った。

できればそれはやりたくない、という心の声が聞こえてくる。


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