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店に入る手前のビルに背を付けてタバコを咥えて火を点ける。
気が抜けると立つことも許されないように気が遠のく。
背を徐々に下に下ろし、ストンと膝を折り曲げてしゃがんだ。
俯いて、ゆっくり煙草の煙を吐き出し、気を紛らわそうとする。
だけど、思ったよりも酒がいつも以上にキツかった。
「気分悪りぃ…」
思わず呟き、深く深呼吸する。
一気に大量の酒を摂取する事が、どれだけの負担になる事か分かっていながらも、それを続ける自分にあきれ果てる。
たかが仕事。その、たかがホストと言う役割を果たさなきゃいけないと言う俺の変なプライドがどうしようもなかった。
「…翔くん?」
不意に聞こえた声に視線を上げると、その人物に俺の目が少し見開く。
「…沙世さん」
黒のタイトなドレスを包み込むように淡い黄色色のストールを身体に巻き付けるように腕を組んだ沙世さんは、俺の亡くなった母の親友だった。
その沙世さんは夜の店を何店舗も経営するクラブのママ。
母を亡くし、行きなのない俺の傍で見守ってたくれた一人の人。
「珍しいわね。酔いつぶれてんの?」
ボブの髪を耳に掛けながら、座り込んだ俺を見下ろす沙世さんは、薄っすらと微笑んだ後、俺と同じ視線に合わせしゃがみ込む。
「まぁ…」
「店に全然来ないから最近どうしてるかなって思ってたところ。電話もしてこないし」
「つか俺から電話する事なんかほとんどねぇけど」
「ま、そうよね。ほんと、困った息子だわ。元気にしてた?」
「沙世さんは?」
「え、私?私は元気だけど、私じゃなくて翔くんよ?」
「あー、俺も」
「ねぇ、時間あったら店においでよ。もう閉めるから」
「……」
「気分乗らなかったら来なくていいから」
″ね?″
付け加えるようにそう言って、沙世さんは俺の肩を軽く叩く。
そのまま立ち上がった沙世さんは「じゃ、」そう言って歩き出した。