今しかない、この瞬間を
田澤さんは今日も、申し訳なくなるくらい優しかった。

不意に彼のことを思い出し、意識がどこかに飛んで行っちゃう私を問い詰めることもなく、上の空の返事に微笑んで、大人の対応を見せてくれた。


普通なら、ここで惚れるところかもしれない。

田澤さんに乗り換えちゃえば、確実に幸せになれるんだから。


だけど、そうするには私の心の中を彼が占有し過ぎている。

出て行ってもらうのは絶対に無理だし、朱美さんという支えを失くした彼が心配でたまらない。


作り笑顔の私に、嫌な顔一つしない田澤さんは、本当にステキな男性だ。

なのに、気持ちを向けられない私はバカなのかな。

わかっているのに、どうしても後ろめたさを拭えない。

彼は私のことなんて何とも思ってないんだから、気にする必要はないのに.......


「何かあった? 悩みでもあるの?」

「えっ? あ、いいえ、そんなのないです。」

「嘘付かなくてもいいよ。 もしかして、光汰と喧嘩した?」

「そっ、そんなことないですよ!!」

「あかねちゃんは正直だね。ま、そういうところも好きなんだけど。」

「.......。」


今、何て言いました? 田澤さん。

ちょっと待って下さい、まだ無理です!!


「光汰があかねちゃんに及ぼす影響って、やっぱりすごいんだね。焼いちゃうな。」

「へ.......?」

「だけど、あいつがこれ以上あかねちゃんを放っておくなら、もう遠慮はしない。」

「.......。」

「もう少し、俺のことも見てくれないかな。俺はあかねちゃんを悩ませたり、寂しい思いをさせたりしないから。」

「.......。」

「好きなんだ。返事は急がないから、考えてほしい。」

「.......。」

「俺は本気だよ。」

「.......はい。」
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