今しかない、この瞬間を
思いがけずキッカケを作ってしまった同僚は、何度も何度も私に謝りながら、まるで自分のことのように泣いていた。

でも、何も知らずに騙されたままでいるより、よっぽど良かった。

むしろ、感謝したいくらいだと思う。


横取りオバさんは面白くなかったかもしれないけど、私はその後も涙を見せなかった。

ここで泣いたら、意地悪お局の思う壺。

絶対に泣くものかと心に決め、淡々と仕事をこなした。


休憩時間も、帰宅中も、バイブにしておいた携帯は震えっぱなしで、気付けば、メールも電話も、着信履歴は「本宮浩也」の名前で完全に埋め尽くされていた。

だけど、言い訳なんて聞きたくない。

今さら何も話すことはないし、謝られたところで、許す気もない。

隠し通せるはずのない悪事を、私が一番嫌がる相手としていたくせに、よくも連絡して来れるものだ。


私は彼のどこが好きだったんだろう?

昨日までは大好きな恋人だったはずなのに、あまりのショックに、何も思い付かない。


それくらい、彼の行為は大きな裏切り。

守ってくれるはずの恋人が天敵とデキてたなんて、笑うに笑えない。


単なる浮気なら、言い訳くらい聞いてあげたかもしれない。

だけど、相手があのオバさんだと思うと、何もかもが許せない。


自分の一番大切な人が苦しんでいたら、全力で助けてくれるのが恋人だと信じていた。

なのに、私が痛めつけられているのを黙って見ていたどころか、その相手と通じていたなんて。


本宮くんは、その後も毎日のように連絡をよこしたけど、私は取り合わなかった。

話し合う必要もなければ、イヤな思いをしてまで向き合う時間も無駄。

何があっても、彼とやり直すことはないと思ったから。
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