今しかない、この瞬間を
そんなある日、彼女がカワイイお願いをして来た。


「光汰の彼女として、国立競技場に連れて行ってほしい。」


もちろん、その願いは叶えてやろうと思った。

それはサッカー部全体、いや、学校が提示している目標でもある。

今のチームは、強いし、雰囲気も良い。

そんなの楽勝だろう.......


と思ったのが、甘かった。

その年は、県大会の準決勝で敗退。

やはり、そう簡単には行かない。


この願いを叶えてやるためには、もっと練習して、チームを引っ張っていかなくちゃいけない。

二年生になった俺は、技術の向上を目指すべく、居残り練習に没頭し始めた。


それもこれも彼女の願いを叶えるため。

最初の目的は、そんないい加減なものだったけど、毎日、コツコツと練習に励むうち、不思議なもので、サッカーを純粋に好きだった頃の気持ちが蘇って来るのを感じた。


単純に上手くなるのが嬉しいし、面白い。

進んで居残り練習をする仲間もだんだん増えて来て、いつ間にやら、フォーメーションの確認まで出来るようになった。

チームの士気が上がっているのもわかったし、もう一度、死んだ親父の夢を叶えたいという気持ちも湧いて来た。

楽しいし、やる気も十分。

自分的には、とても充実した日々を送っていたつもりだったけど、どうやらそれが彼女には不満だったらしい。


高二の夏休みの午後、悲劇は起こった。

腹が減って、練習帰りにみんなで牛丼でも食べようと盛り上がりながら、学校の近くのクソ暑い商店街を歩いていた。

すると、駅前のファミレスから、見慣れた後姿が出て来た。


友達と遊んでいるのかなと思い、声をかけようとしたら、その後ろ姿は、後から出て来た大柄な男に擦り寄った。

その瞬間、俺の大切にしていた幸せが、また壊れた。
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