今しかない、この瞬間を
どうして気付かなかったんだろう.......

悔んでも、もう遅かった。

何てことない。

サッカーに明け暮れている俺に、彼女が愛想を尽かしたのだ。


彼女と一緒にいたのは、野球部を引退した三年生の先輩。

寂しさに耐え切れなくなった彼女は、俺の知らないところで、さっさと新しい物件を探していたらしい。


彼女のためを思い、全国大会出場を現実にしようとするべく、俺は努力をしているつもりでいた。

なのに、その純粋な気持ちは届かず、残ったのは、信じていたものを失った悲しみと裏切られたショックだけ。


俺は間違っていたのかな。

それとも、あの子にナメられていたのかな。

今さら考えても、幸せな記憶の中に、疑惑を見つけるのは難しい。


でも、後から聞いた噂話では、どうやら彼女は、校内でちょっと人気の出始めた俺と、アクセサリー感覚で付き合っていたらしい。

万が一、高校サッカー選手権でMVPでも取ろうものなら、全国ネットで自分の名前を呼ばせるつもりだったとか何とか。

何にせよ、俺が思っているほど、彼女は真剣じゃなかったっていうことだろう。


こんなに容易く騙されるなんて、俺もバカだ。

寂しさに負けていたのは、俺の方じゃねぇか。

あの頃の俺は、大事にしていた家族三人の夢を失って、周りが見えなくなっていた。

代わりにすがるものを、無意識に探していたのかもしれない。


親父と過ごした幸せな時間を、俺は母さんと一緒に永遠に守り続けて行くんだと思っていた。

そこには変わらない幸福があって、それを守るために、自分なりに頑張っているつもりだった。


だけど、母さんはそれよりも大切なものを見つけてしまった。

母さんには、俺が必死で守ろうとしていた過去なんて、とっくに必要がなくなっていた。
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