今しかない、この瞬間を
加納さんに言われて気付いたけど、彼はチャラいようでいて、決して他の女の子にはそうしていない。

でも、初対面の日にあんなことがあったから免疫がついちゃったのか、思えば、今までずっと、私には気軽に触れていたように思う。


それだけでも十分特別感はあるけど、私の身体は、もう彼に抱きしめられた時の感触を覚えてしまっている。

抱きしめる時に見せる優しい笑顔と滲み出るような温かさだって、深く深く心に刻まれている。


普段の彼とはちょっと違う、落ち着いた穏やかな顔を知っているのは私だけ。

触れられる度、そんな思いが溢れ出す。

私にしか見せない顔があるのに、私は彼の「特別な人」にはなれないの.......?


仲良くなればなるほど、彼を思う気持ちは募って行く。

時には、一緒にいるのが辛くなるほど。


それでも、離れられない。

離れたら、このポジションにいられなくなるかもしれない。

それに、彼のしている難しい恋のことも心配だ。


彼だって、私の知らない所で、切ない思いをしているに違いない。

もちろん、そんな素振りは見せないけど、人妻なんだから会える時間だって限られているだろうし、彼は愛されている実感のないまま、朱美さんと付き合っている。

そんな虚しい恋愛をしていて、疲れないはずがない。


だから、いつも思う。

私が彼といて「楽しい」って感じるのと同じくらい、彼もそう感じてくれていたらいいなって。

私には、一緒にいて、そばで明るく笑ってるくらいしかできないけど、それで彼の気持ちを晴れさせることができたら、何より嬉しい。


そして、もっともっと私を身近に感じてほしい。

いなくなったら困るくらい。

私は朱美さんにはなれないけど、「愛する」ことなら、いくらでもできる。
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