今しかない、この瞬間を
「陽成くん、可愛いですね。」

「え?.......あぁ、うん。ありがとう。」


いきなり話しかけた私に驚いて、振り向いた笑顔が美しい。

ほんのり漂う品も色気も、私には皆無のものだから、余計に卑屈な感情が湧いて来る。


「私も、将来、ああいう子がほしいな。」

「そう?」

「陽成くんのママが羨ましいです。いつもキレイで優雅で、可愛いお子さんも愛する旦那様もいて。」

「.......。」

「なのに、それだけじゃない。そばにいて、いつも心を温めてくれる特別な人もいる。全部持ってる陽成くんのママが、本気で羨ましいです。」

「.......え?」


意味なんて通じなくてもいい。

ただ、悔しい気持ちをぶつけただけなんだから。


まさか私が二人の関係に気付いているなんて、朱美さんは思ったこともないだろう。

だから、今、相当混乱しているはずだ。

その表情からも、動揺しているのが見て取れる。


あ、でも、ってことは、私の言っている意味がわかったんだよね?

返答できずに焦っている彼女を、「いい気味」だって思う私って性格悪い。


だけど、このくらいの仕返しはさせてもらわないと割に合わない。

この後、私は毎週、二人が楽しそうに向き合うのを目にして、苦痛を味わっているんだから。


言いたいことを言い切ったところで、ちょうど隣にあるテニスコートのレッスンが終わった。

この時間のレッスンは、主婦に大人気の淵江コーチの成人向けクラス。

嬉しそうに話しかける生徒さんたちを引き連れ、淵江コーチがこっちに歩いて来た。


コートの外に張られた防球ネットをくぐり、名残惜しそうに生徒さんたちが階段を下りて行く。

それを見送ると、急に振り返って、淵江コーチがニッコリ笑って見せた。

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