今しかない、この瞬間を
「あかねちゃん、今日って、早番でしょ?」

「はい。」

「俺も次のレッスンで終わりだから、この前言ってた焼鳥屋、行かない?」

「え? 」

「ほら、奥コーチの送別会の時、森野が言ってたじゃん? 今日、あいつ、休みだから、他の奴も誘って行こうって盛り上がっててさ。女の子も誘っといてよって言うから、だったら、俺、あかねちゃんと飲みたいなと思って。」

「あぁ、いいですね。ぜひ、御一緒させて下さい。」

「ほんと? 良かった。じゃあ、上がったらメールして。待ってるから。」

「はい、ありがとうございます。」


キラースマイルを浮かべてコートに戻って行く淵江コーチを見送っていると、すぐ後ろから、背中に強い視線を感じる。

視線の主が誰なのかくらいは、考えなくてもわかる。


別にいいよね。

私は何も悪いことなんてしてない。

職場の人たちとコミュニケーションを取るのは良いことだ。


ドキドキする理由なんかないんだから、堂々としてればいいじゃん。

そう思うのに、何故かちょっと緊張する。

でも、彼にとって、私はただの「友達」でしょ?

こんなことくらいで、いちいち気を使う必要はない。


意を決して、パッと振り返ると、案の定、彼とバッチリ目が合った。

驚いたように視線を逸らす彼に、ちょっとだけ嬉しい気持ちになる。


「お疲れ様です。」

「おっ、お疲れ。」


何事もなかったかのように、敢えて普通に挨拶だけして、バスに乗る子供たちの汗を拭いてやり、帰り支度を手伝う。

いつもと同じ、私は自分の仕事を全うしているだけ。

微妙に面白くなさそうな顔を見せる彼に、だんだんテンションも上がって来る。
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